第3章 猫目が笑う《乱歩》
『乱歩さん、もうちょっと早く歩けません?』
「えーこれで精一杯だよ」
『駄菓子持ちますから』
「駄目!これは僕が持つ!」
まるで親子のやり取りだ。
頭を抱えたくなるのを堪えながら、私はもう構わずに歩を進めることにした。
探偵社まで後少し、といったところだろうか。
あれ?
道端で佇む人影、その片手には紙切れ。
「あの…バス停は何処にありますか?」
思った通り、待っていたとばかりに私に話しかけてきた。
私と同い年くらいの男性だ。
『ええ、どのバス停ですか?』
問いかけながら、ふと後ろを確認する。
まだまだ遠くを歩く乱歩さんが見えて、この人に道を教えていても大丈夫だと安堵した。
ゆっくりと近寄ると、男性は頷いて紙切れを差し出してきた。
「えっと此れで」
「……ッ、離れろ」
間髪を入れずに耳元で聞こえた鋭く低い声に、私は慌てて仰け反った。
男性は目を丸くして私と乱歩さんとを交互に見つめている。
どうやら走ってきたらしい。
乱歩さんの息はやや乱れていた。
え?本当になんなの?
『ら、乱歩さ』
「いきなり何なんですか、貴方?僕は彼女に道を聞こうとしただけですけど」
「…それなら」
じろり、普段とは比べ物にならないくらい冷たい瞳で、男性の外套のポケットを指差す。
あれ、何だか膨らんでるような?
「その中に入ってるもの、僕に見せてよ」
「はあ?いきなり何言ってるんだよ、嫌に決まって…」
「疚しいことがないなら見せられるでしょ?ほら、見せてよ。彼女と僕に見えるように、ほーら?」
よくも其処まで舌が滑るものだと感激しそうになるくらい、乱歩さんは滔々と男性を追い詰める。
「…なンだよっ!」
アスファルトに叩きつけられたのは、折り畳み式のナイフだった。