第2章 ヨコハマデート日和《太宰》
「もうこんな時間か、早いね」
大観覧車を見上げながら、太宰さんは目を細めて呟いた。
結局あのカフェを出たあと、ヨコハマを気ままに歩いていたら、既に空は葡萄色をしていたのだ。
『早いですね』
まさか、会えるとは思わなかった。
其れに映画を見て、カフェに行って、ヨコハマを彷徨いて。
まるで恋人同士の会瀬のようだった。
これ以上ない幸せで、夢心地だった。
「一人で歩くのも良いけど、誰かとこうして夕の街を歩くのもまた一興だね」
何となく覚束ない足取りで歩を進めながら、太宰さんは歌うように呟いた。
『そう、ですね』
楽しかっただけに、この後の別れが辛い。
つい口ごもった私を案じて、斜め前を歩いていた太宰さんがくるり、振り返る。
「あれ?どうかした?」
そのまま歩き続けていた私は、其れで丁度太宰さんの隣に来てしまった。
『い、いえ!何でもないです』
慌てて離れようとする私の手首が、優しく掴まれた。
「何か隠してるでしょ?私には分かるさ」
言う?
太宰さんとまだ一緒に居たいです?
いやいやあえての、太宰さんが好きです?
いやいやいや!
待って、待って、雰囲気で云っちゃ駄目だ。
でも何て言おう、うーん…。
『ね、太宰さん』
「何だい?」
『若しも私が誰かとの約束をすっぽかして、太宰さんと過ごしたって云ったら、…どうしますか』
ぽかん、として太宰さんは暫しゆっくりと瞬きを繰り返した。
ああ好きって云った方が良かったこれ…?でも、でも!
奥歯をぎゅっ、と噛み締めながら、私は聞きたいような聞きたくないような、複雑な思いで返事を待つ。
遊園地を一望できる道だ。
行人の数は多い。
何だか立ち止まる私たちへ向けられた視線が恥ずかしくて、密かに顔を伏せた。
「…行こうか?」
『…え?』
ざわめきに呑まれた太宰さんの声が聞き取れなくて、私は少し背伸びをした。
するとそれを察したのか、太宰さんは笑って屈んでくれる。
鼓動を高鳴らせる私の耳元に、低く優しい声で囁かれた。
「…其れなら私も同罪だ。菓子折りでも持って一緒に謝りに行こうか?」
同罪。それは実に妖しく鼓膜を揺らした。
まるで禁忌を共に犯した共犯者、そんな風に感じられたのだ。