第2章 初陣の日
一体彼は何人を殺めたのか。辺り一面血に赤黒く染まり、死臭がどっと押し寄せた。
返り血を浴び、彼の蒼い装束が黒くなっている。その様は、ついさっきの成実と綱元に酷似していた。
「流石だね、政宗君」
やおら、木の陰から何者かが姿を現した。鮮血に映える波がかった白髪と、純白に紫陽花色の西洋式装束。仮面らしきものを顔につけており、見るからに怪しい。
「僕の育てた軍をそう易々と殲滅してもらってはね… 困るよ」
「知るかよ、襲ってきたのはそっちだろうが… 竹中」
政宗が口にした名前には覚えがある。確か、竹中半兵衛と言ったか。豊臣が誇る軍師であると、どこかで聞いた。
「ふ、一揆を起させる様な国作りもどうかと思うけどね?」
「どうせお前らが謀ったんだろうが」
「それはどうだか」
政宗は舌打ちをした。どうにもやりづらいらしい。
「それはそうと… 片倉君の方を見に行かなくてもいいのかい?」
「Hum…? それは、お前を殺ってからでも十分だろ」
問答に痺れを切らしたらしい政宗が刀を上段に構えた。雄司もそれに習う。
「おっと、まだ戦う気はないよ。それより僕は君が気になるんだ、雄司君?」
「!?」
雄司はびくりと肩を震わせた。敵武将にいきなり名指しだと?己がそんな大層なものな訳がない。
「吃驚した? …どの軍にも忍はいるんだ、盗聴くらい不思議じゃない。
気についた者は、雑兵とて名くらいは覚えるさ」
言われていることは普通だが、それでもわざわざ自分を名指しする意味がわからない。雄司は沈黙を貫いた。
「まぁ、これは僕のちょっとした推測と興味だけどね。君はどうも、他とは独り違うようだ」
「っ」
半兵衛はくすくすと女のように笑った。
「おい、こいつの何を知ってる」
「何も。 でも図星みたいだね、面白いよ」
「……何が面白いのやら、俺にはさっぱりですが」
半兵衛はさぞ面白そうに肩を震わせている。得体が知れず、不愉快さが募るばかりである。ひとしきり笑った後、半兵衛はくるりと背を向けた。
「まあ、今回はここで撤退だ。いつかまた会う事を楽しみにしてるよ、政宗君、そして雄司君」
「てめっ、」
「生憎、僕には時間が無い」
そして半兵衛は血の海を去った。弔いもせずに。