• テキストサイズ

青一点【BSR】

第2章 初陣の日


 馬に乗っていたせいだろうか、どうやら眠ってしまったようだった。見ると、すでに日が落ちかけていた。
 あーやばい、晩飯作らないと。輝月はよっこらせと腰を上げ、台所へ歩く。ぎしぎしと廊下が軋んでうるさく鳴いた。
「ぎゃあ! …あ、輝月ちゃんか」
「え? あれ? まだいたん?」
「いやぁ特に用はないけんどね」
 台所にいたのはかつみだった。すでに鍋がぐつぐつと煮立ち、白米も漬物も皿に盛られている。夕餉の準備はほぼ終わってしまっているようだ。
「ごめん、手伝わんくて」
「疲れてんだからしょうがないっしょ」
「うん…」
「後で、運ぶの手伝って」
「わかった」
 かつみは鍋の中を見つめ続けている。時折かき混ぜては、火の具合を見、再び鍋に目を戻す。手持無沙汰な輝月は、それを延々と観察し続けた。やがて汁物が出来上がり、椀に注ぎ始める。なみなみと注がれた椀を輝月の持つ盆に置き、かつみは口を開いた。
「なぁ輝月ちゃん。ほんとは、『出稼ぎ』なんて嘘なんしょ」
 輝月は動じなかった。ばれても、それはしょうがない。わかってるよとばかりに、かつみは頷いた。
「普通の店じゃあ、大仰に合格なんて言わんと思うし。ただの下っ端が、あんな立派な馬、借りられる訳が無いけんね」
「そうだね」
 三つの盆に四つずつ、皿が並んだ。かつみは一つ、輝月は二つ持ち、食卓へ向かう。
「ありゃあ軍馬でしょ? 雄司ちゃん、城に行くんだね?」
「うん、ごめん」
「何を謝る事があるん?」
「だって、死ぬかもしれんようなとこに、ただの農民の娘が飛び込みに行くんだよ」
 かつみは何も言わず微笑んでいた。しかし二人が食卓に盆を置くと、途端に輝月の肩を掴んだ。鬼のような形相で、輝月を睨みつけた。
「行っただけで死んじまう気なら、そんなとこ行くでねぇ!! わざわざ身体張ってまで行くんだ、生きて帰ってくんのがあたりめぇだべさ!!」
「っ!!」
 まくし立てる様に怒鳴ったかと思うと、かつみはすぐに穏やかな表情に戻った。
「だから、死ぬかもしれんなんて思うんでねぇ。 輝月ちゃんが行くのは、死ぬためじゃなくて、父さん母さんを生かすためなんじゃないのかい?」
/ 37ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp