第3章 馴れない距離感(敬浩side )
数日が過ぎて、とうとう引越しの日が来てしまった。
いつもの通り仕事から帰ると家がガランとしていた。
あっけなく、名無しは俺が仕事の間に家を出て行った。
元々、物をあまりうちには起きたくない性分で生活感は無かった部屋。
そこへ、名無しが越してきてからあいつの私物が少しずつ増えていった。
それが一気に無くなって、また昔の様に戻った。
何より仕事から帰ってきて名無しが居ない事に違和感があった。
いや、苦痛すら感じた。
やっと気付いた。
それなのに、遅すぎた。
ふと、テーブルの上にあった鍵と手紙をみつけた。
手紙には、住まわせてもらったお礼と仕事がんばってねと書いてあった。
手紙を握りしめて俺は外へ飛び出した。
あてもなく、車を走らせた。
気がつくとあいつと初めて行った遊園地に来ていた。。
もう閉園していたが観覧車だけは煌々と美しく輝いていた。
車を停めて、近くを歩いた。
名無しへの気持ちを改めて考えた。
。。。。こういうのって理屈じゃない。。
大切な存在なのはわかりきっているし。
きちんとあいつに俺のいまの気持ちを伝えたかった。
今更、都合いいよなー。。。
「はーーーーー。」
大きなため息をついた。
海の向こうに見えるベイブリッジを見ながらしばらくぼーっとしていた。
普段、ちらほらとカップルがいるのに今日は全くいない。
この場所は、昔に名無しを励ますために連れて行ったところだった。
男に振られて落ち込むあいつをここに連れてきた。
『俺が夢中になるくらいの女になってみろ』
あいつにこう言った。
いつの間にか夢中になっていたのに気付いた時は遅すぎた。
「敬浩?」
後ろから名無しの声がした。
「何してるの?こんな所で。」
それは俺のセリフだったけど、迷うことなく俺は名無しをだきしめていた。
「ごめん。ずっと傷つけて。俺、お前に夢中になってるってやっと気付いた。もう離したくない。一緒に帰ろ。」
抱きしめる手に力が入った。本心だった。本気で離したくない。
ばかばかしいけど、こんな所で偶然会えたのは運命とさえ思えた。