第2章 夢
それ以来、伊東様は月に1、2度お一人で来ては私を指名した。
毎回、私は眼鏡の奥の眼に肌をさらす事も無く、その唇に紅を移す事も無く、漢詩や和歌、古典の話を一晩中する。
もちろん、こんな客は初めてだ。
お互い、そんな話が出来る相手に飢えていたのだろう。話したい事、聞きたい事が次から次へと溢れ、口をついて出る。
私は伊東様に買われた日だけは、廓言葉を使わなくなった。店に知られたら折檻ものだが、伊東様が「遊女の話し方は苦手だ」と言っていたから、言い訳にはなるだろう。
そんなある日、そろそろ来る頃だろうと考えていたせいか、私は伊東様の夢を見た。
大きな屋敷で、灯りは無いのだが、目の前の様子は何故かぼんやりと見える。
私は中を歩き回り、何かを探していた。
廊下を進み、小さな部屋で行き止まった。
そっと戸を開ける。中には男の子が1人座っていた。10歳くらいだろうか。
膝を抱え、泣くでもなく眠るでもなく、じっとしている。
私は静かに近づき、そうするべきだと思い、その男の子を抱きしめた。
すると、男の子はすっと立ち上がり、一瞬で大人ー伊東様になった。
「!…伊東さ…」
驚く私は伊東様にきつく抱きしめられた。
あぁ…こうされるのは初めてだ。
私は両手を伊東様の背に回し…そこで目が覚めた。
隣には、博打で勝ったとかいう町人が寝ている。この男は大分しつこかった。
伊東様の腕を思い浮かべた私の頬に、涙がひと粒零れ落ちた。