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「いとせめて」「朝髪の」

第2章 夢


「あなたの夢を見た」
そう言おうとした私より先に、伊東様は苦笑いを浮かべながら告げた。
「昨日、君が夢に出て来たよ。寝間着を裏返してはいないんだけどな」
「…そうですか。私も、あなたの」
「ん?」
「…あなたの事を、想っていたんです」
「そうか。そんな歌もあったな。あれは…」
みなまで言わさず、私は伊東様の胸に顔を埋めていた。
隊服に白粉が付いてしまう。そう思ったが、体はまるで飼い慣らされていない猫の様に、勝手に腕に力を込めていく。
「君からくるとは、少々心外だな」
その言葉とともに、私の顎に指がかかり、持ち上げられた。初めて触れた唇は、少し冷たい。眼を閉じる寸前、見つめた眼には、確かに男の欲が見えた。

太ももを這う手も、胸元を濡らす舌も、どうしようもなく厭らしいのに、何故かどこまでも品がある気がしてならない。
「」
呼ばれた名は、源氏名では無く、いつか告げた私自身の名だ。涙が溢れた。
1人でじっと、抱きしめてもらえるのを待っていたのは私もだった。
「伊東様…」
「何だ?」
「もっと、名前を、呼んで…下さ、い」
今は、遊女でいたくない。この人にふさわしい、武家の娘に戻りたい。
「」
荒くなる息の間で呼ばれる度、私はのぼりつめていった。

乱れた布団の上で、伊東様は静かな寝息をたてている。
そう言えば、眼鏡を外した顔を見るのも初めてだ。
私は起こさないようにそっと、その頬に触れる。
伊東様の夢に出た私は、どんなだったのだろう。あぁそうだ、私も夢を見たのだと、まだ言っていなかったな。
明日の朝、伝えたらどんな顔をするだろうか。「僕も君の事を考えていた」などと言ってもらえるだろうか。
夢…また伊東様が来て下さるとして、その間に何度夢を見るだろう。
毎晩のように見るよりも、こうして肌をあわせていたい。
「…ん」 
頬に触れた手に力が入ってしまったのか、伊東様の眉間に皺が寄った。
慌てて手を離す。幸い起きはせず、また静かな寝息に戻った。
あぁ、もし叶うなら、私の夢などはどうでも良い。毎晩悪夢でもかまわない。
だからその分、伊東様の見る夢が穏やかなものでありますように。
私はそう願い、そっと額に口付けをしてから眼を閉じた。
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