第1章 初めての心
「お礼のお礼に」
見せたいものがあると桂様に言われ、頷いてしまったのは、親に対する私なりの反抗だったのかもしれない。
町から少し離れ、小高い丘を登りながら思った。ナナメ後ろにはエリザベスの白い体がヒョコヒョコと揺れ、沈みそうな私を微笑ませてくれる。
「殿、着いたぞ。ここだ」
桂様の指す方に目をやり、私は小さく感嘆の声を上げた。
「まぁ…」
そこからは江戸の町が一望出来た。
「見晴らしが良いだろう」
「はい。とても」
「あまり人が来ないしな、来たら来たですぐ分かる。逃げるのにはちょうど良い」
「逃げる?」
「…いや、なんでもない」
桂様と私とエリザベスは、空が茜色に染まるまで町を見下ろしていた。
帰宅した途端、仲人と一緒に出迎えた父に引っ叩かれたのは、当然の事なのだろう。
所詮箱入り娘の私は知らなかった。桂様が、真選組に追われる方なのだと。
父の知り合いは町を歩く私達を見つけ、びっくりして父と、ご丁寧にも仲人にまで伝えたらしい。
「あのようなヤカラと、何をしているのだお前は!」
「ヤカラって、桂様は私を浪人から助けて下さったんです」
思わず言い返した私の頬に、2発目のビンタが飛んできた。
「口ごたえをするな!だいたい助けてもらったって、気まぐれか、そうでなければ、お前が金を持っていそうだと思い、利用しようと思っただけだろう。目を覚ましなさい」
「まぁまぁ、それくらいに」
苦笑いの仲人は、父と私の間にゆらゆらと手を伸ばした。
「さん、お父上の言う事は尤もですよ。来週には結納の予定なんですから。人目もありますし、相手が誰であれ、殿方と2人でいるというのは控えた方がよろしいですな」
私は結納の日まで、1人での外出禁止を余儀なくされた。