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「ヒヤシンス」「人言を」

第1章 初めての心


「助けて頂いてありがとうございました」
這うようにして逃げて行く浪人達を尻目に頭を下げると、大きなペンギンは『どういたしまして』と書かれた札を差し出した。
「あの、お名前を」
そう聞くと、札には『エリザベスといいます』と書かれた。
「エリザベス…と?」
恐る恐る男を見上げた。男はペンギン…エリザベスを見ながらポツリと答えた。
「桂小太郎だ」
「桂様」
「様を付けられる程ではない」
そう言い、桂様はエリザベスを連れて立ち去ってしまった。
残された私は、自分の名を告げていない事と、何かお礼をと言えなかった事を、ぼんやりと悔やんでいた。

家に帰ると、母が満面の笑みで出迎えた。
「仲人さんから連絡が来てね、先方からは、ぜひ話を進めたいって。もちろん、それで良いわよね?」
私はただ頷いた。
絡まれた私を置いて逃げた事を言ったとして、何が変わるとも思えない。
この国にはもう侍はいないと言われて久しい。きっと他の男性も同じ事をしただろう。
あの、桂様のような方以外は。

式はどうするのか、入り婿として同居となる彼と、私の部屋はどうするか。
私の人生のはずなのに、私の横をただ通り過ぎていくそれらの話は、良く知らない、どこかの女性の人生についてのように聞こえた。
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