第1章 初めての心
平凡な人生なんだと思っていた。
両親と共に暮らし、大人になったら見合いで結婚をし、姑に気を使いながら子を産み育て、今度は自分が気を使われながら生きて行くのだと。
あの日、あの橋を渡るまでは。
見合い相手は商家の次男で、何だかつるりとした顔の、大人しそうな人だった。
整った顔立ちと言えなくも無いが、終始ただ薄く笑っていて、何を考えているのか分からない。私はこの人と、一生を共にするのか。
嫌でも嬉しいでもなく、ただ「あぁそうか」という思いで、私も薄笑いを浮かべて過ごした。
お決まりのような「後はお若い2人で」の文句と共に外に出た時は、仲人の吸うタバコから逃れられた事だけに安堵した。
「その辺、散歩でもしますか」
そう言って、私の返事も待たずに歩き出す彼に、やはり嫌でも楽しいでもなく付いて歩いく。仲人のタバコには彼も参っていたらしく、そこだけは話が合った。
かぶき町をしばらく歩いた時だ。橋を渡った所で、道を塞ぐように立ち話をしている浪人数人が目に入った。
困ったなぁと思ったが、回れ右で帰る訳にもいかず、足早に通り過ぎようとした私の腕を、1人の浪人が掴んだ。
「おねーちゃん、キレイだね」
「デートかい?いいねぇ」
ニヤニヤする浪人達はあっという間に私を取り囲んだ。焦った頭で彼を探して、心底驚いた。気の毒そうにこちらを見る人々の中に、そのつるりとした顔がある。
私を置いて先に逃げたのだ。
最低…。
そう思った時、視界から浪人が急に消えた。
「え?」
代わりに目の前にはあったのは、大きな白いペンギンみたいな生き物。そして、長い黒髪をなびかせて浪人をねじ伏せている、美しい顔の男だった。