【 イケメン戦国 】宵蛍 - yoibotaru -
第6章 藍白 - aiziro -
それから数日、
至る所でその子の姿を見るようになる。
御殿に来てから数日、全く姿を見ることが無かったのが嘘のように、いく先々にその子はいた。織田家ゆかりの姫という立場にいるのを忘れてるわけ?いつも小袖を襷でまくって…、床を磨いていたり、ハタキを持っていたり、台所に立ってみたり、まるで姫じゃない。
「…女中じゃないんだから。」
その姿を見るたびにため息が出る。
綺麗な着物を着て、部屋の中で過ごせばいいのに。この様子じゃ、記憶を無くす前もせいぜい町娘かなんかだったんだろう。
「わさび、ごはんだよ。」
夕暮れ時、庭に出て林に向かって話しかけると、一匹の子鹿が足元にすり寄ってくる。
戦場に紛れ込み怪我をしていたから手当てをしたけれど、ここまで懐かれると思ってなかった。頭を擦り付けて甘えてくるから、りんごをやって、足に巻かれた包帯を変える。
…まあ、わさび、なんて名前付けて、可愛がってるなんて他の人に知られたらお笑い種だ。
「……、」
新しい包帯を巻いて、
りんごを食べるわさびの頭を撫でていると、廊下の向こうから視線を感じて顔を上げた。
…しまった、
俺のことを意外そうに眺めるその子と目があって、慌てて目をそらす。少し遠慮がちに寄って来たその子に反応したわさびは、珍しくその子にすり寄った。
俺以外には滅多に触らせないのに…、
「ふふ、…この子家康様が飼ってるんですか?」
「…別に。」
「可愛いですね。人懐っこいし…、」
「こいつが人に触らせるのは珍しい。あんた気に入られたんだね。」
「…へえ、嬉しいな、」
ふわふわと、
嬉しそうに笑うその子の顔を初めてみた。
そして、なんだかいけないものでも見たかのように胸が熱く騒ぎ出す感覚がして、急いで顔をそらす。
「これ、こいつの食料。」
「…へ?」
「気に入られたついでに餌付けしなよ。うちの大事な非常食、飢えさせないでね。」
「…あ、はい。」
これ以上ここにいたらいけない。
そう思って、その子にわさびの餌の入った籠を渡し、早足にその場を去る。後ろから、
…非常食?こんなに可愛いのにね、
なんて、俺の言葉を間に受けてわさびに話しかけているのが聞こえて、それが面白くてつい口元が緩むのを必死に我慢した。