第12章 深紫 - fukamurasaki -

…あれの思い人は自分ではないが、

面白いから勘違いさせておこう、


と信長がその整った顔に笑みを浮かべると、喜作はさらに顔を青くする。




「貴様、上杉に寝返ったか？」
「…いえっ、滅相もありませんっ！」
「ならば、貴様の浅はかな行いがこのような結果を生み出したのだ。それなりの覚悟はしておろうな。」
「…っ申し訳ございません、信長様っ、」



その言葉に耳を貸す事はなく、

信長は喜作を部屋から出すように指示をすると、秀吉に顔を向ける。

今はあのような男に構っている時間はないのだ。






「…家康や三成に知らせは出したか？」
「はい。既に早馬を向かわせております。」
「そうか。」
「どうなさいますか？御館様。」



…信長の妾、



「…謙信がどこからこの噂を掴んだか知らんが、裏があるだろうな。」
「………顕如、ですか。」
「ああ。広まっているのは、ゆかりの姫と俺の娘という噂だけだ。妾という情報を掴んだとなると、」
「………、」
「フッ、蛇もいつまでも大人しくはしておらぬか。」




謙信は恐らく何も知らない。

まだ裏は取れていないが、謙信もあの蛇の手の中の駒にされているとなると、この戦に託けて彼奴も仕掛けてくるという事だろう。




「…フッ、横から首を狙ってくるか。」
「…信長様っ、ここは私に御任せ下さい。必ず亜子を取り戻し、敵の首を打って参ります。」
「何を言っている。貴様は留守だ。俺が向かう。」
「…ですが、」
「貴様が向えば、手札として不要になった亜子が危険だ。謙信もそこまで堕ちてはおらぬだろうが、俺が挑発に乗り戦に向かったと油断させる方がいいだろう。」



信長のその言葉に、

秀吉は渋々ハッと短く返事をする。