第3章 姫巫女とサカキの杖
「シオンよ、旅立ちの日だ。ホグワーツ入学の準備は終えているか?」
ホグワーツ魔法魔術学校――ヨーロッパ地方にある全寮制の魔法学校で、父の母校だ。
明日の入学式に備え、シオンは今日、この日本を発つ。
「はい、父上。教材などの用意はできておりますので、後は杖を購入するだけです」
娘の答えに、父は「よい」と頷いた。
「『グリンゴッツ』に魔法界の金を用意してある。杖を買う前に引き出しておけ。宿はロンドンのキングズ・クロス駅の近くに予約してある」
グリンゴッツは、魔法界にある銀行だ。
シオンは銀行の鍵を受け取り、「ありがとうございます」と頭を下げる。
シン…と気まずい沈黙が降りた。
何を言えばいいのか分からない。
ただ、正直な気持ちを言えば、ホグワーツになど行きたくはなかった。
知らない人がたくさんいる、知らない場所。
そんな場所へ行くよりも、この山の中で静かに暮らしていたい。
娘のその気持ちを察したのか。
父は、「シオン」と低く、いつもよりも優しい声で娘を呼んだ。
「シオン。お前は、どの『姫巫女』候補よりも気が弱い娘だった」
突然の父の話に、シオンの大きな黒い瞳が揺れる。
姫巫女――当主とは別の、祭神に仕える『龍宮の姫巫女』という役職。
当代の姫巫女の引退と同時に、全国にいる龍宮の直系や分家筋、傍系の中の、十を数える娘たちの中から選ばれる、いわば聖女のようなものである。
舞を捧げ、祭神である『王龍』を呼び出せた者が、姫巫女を襲名するのだ。
そして、今代選ばれたのが、龍宮 紫苑だった。