第20章 姫巫女と大いなる闇
「倒したの……?」
未だ浅い呼吸を繰り返すハリーに、月映は首を緩く振る。
『残念だが逃してしまったようだ……すまぬ』
「いえ、お気になさらず。今は、生きていることを喜びましょう」
すると、ハリーの緊張が解けたのか、フッと身体が傾いだ。
「ハリー!」
華奢な少年の身体を抱き止めるも、痛む身体では受け止めきれず、ずるりと二人で膝を折る。どうにか地面に横たえ、呼吸を確認した。
「大丈夫……気を失ってるだけみたい……」
『そうさな……重症なのは……』
月映の赤い瞳を追う。その先にいたのは、クィレルだ。
ゴクリと唾を呑み込み、倒れたクィレルへ近寄り、息を確認する。
ハリーの力によるものかは分からないが、火傷は全身に渡り、かなりの重傷だ。呼吸も浅く、放っておけば命が尽きるだろう。
『助けるか? 闇の力に属する者だ。治癒すれば再び同じことを繰り返すやも知れぬぞ』
「……それでも……このまま見捨てることはできません。だって、この人がこのまま死んじゃったら、ハリーは人を殺したことになります」
薬師如来の真言を唱える。最低限の応急処置程度。
焼け爛れた傷は残っているし、完治には程遠いが、上に連れて行ってマダム・ポンフリーの治療を受ければ間に合うだろう。
「月映さま」
『分かっている。枷がなくては、そなたの傍に居れぬからな』
すり、と頬を寄せてくる月映を撫で、シオンは扇を広げた。
月映は、龍宮の祭神……《王龍》。
シオンやシオンの父が月映に敬称をつけて話すのはそういった理由だ。
月映が仕えているのではない。シオンたちが月映に仕えているのである。
普段の姿は蛟龍(こうりゅう)へ退化した姿だが、それは神に近しい月映の力を何重にも封じて枷を施しているからだ。
奉納の舞と血液と詠唱の三つが揃って、初めて枷を解き放つことができる。
しばらくして、月映が再び蛇に似た龍……蛟龍の姿に戻り、ホッと息を吐いた。
そこへ、バタバタと人の気配が近づいてくる。