第18章 姫巫女と禁じられた森
やがて、フィレンツェは生い茂る木々の途中で立ち止まり、ハリーを振り返った。
「ユニコーンの血が何に使われるか知っていますか?」
唐突な質問に、ハリーは「ううん」と首を振る。
「角とか尾の毛とかを魔法薬の時間に使ったきりだよ」
「血を使わないのは、ユニコーンを殺すなんて、非情極まりないことだからなんです。これ以上失うものは何もない。殺すことで自分の命の利益になる者だけが、そのような罪を犯す」
「自分の、命の利益……」
呆然と呟くハリーに、シオンは自分が乗るユニコーンの首を撫でた。
「ハリー。ユニコーンの血にはね、死にかけている命を繋ぎ止める効果があるの」
「そうなの?」
シオンの言葉に、ハリーは緑色の瞳を丸くしてユニコーンを見た。
「しかし、恐ろしい代償を払わなければならない。自らの命を救うために、純粋で無防備な生物を殺害するのだから、得られる命も完全なものではない」
その血が唇に触れた瞬間から、その者は呪われた命を生きることとなるのだ。
フィレンツェの補足に、ハリーは言葉を失くす。
生きながらに死んでいる、その様は想像を絶するだろう。
もはや、生きているのか死んでいるのかも定かではないのだ。
「……いったい、誰がそんなに必死に? 永遠に呪われてまで生きたいなんて……」
ようやくそれだけ紡ぎ出したハリーに、フィレンツェは「そうだね」と応じて続けた。
「しかし、ユニコーンの血が、文字通り"繋ぎ"だとしたら? 完全な力と強さを取り戻し、決して死ぬことがなくなる。そんな、本当の意味で命を繋ぎ止めることができる何かを口にするまで生き長らえればいいとしたら? 今この瞬間にも、学校に何が隠されているか……あなたたちは知っていますか?」
理知的な青い宝石のような瞳に問われ、二人の脳裏に同じ答えが浮かんだ。
「「『賢者の石』――!」」
命の水を生み出すことができる秘宝だ。
けれど、いったい誰がそんなことを。
ユニコーンの血を欲するということは、石を狙う者も瀕死だということだ。