第12章 姫巫女とトロール
シオンは、手に持っていた紫扇を広げ、紙の部分で指を傷つけた。
「……――《たそがれを うれいし君は 悠久の 遠きはてまで いのりをささぐ》」
そして、少女は血の滴る指を扇に走らせ、名を呼んだ。
「……力を貸して、《九尾》――久遠」
九尾の妖狐。
その中でも、久遠は神格を持つ妖怪だ。
現れたのは、真っ白な尾を九本も持ち、同じく真っ白な長い髪から、三角の耳を覗かせる美女。
目元を紅く化粧し、胸元を大きく広げ、豊満な胸を惜しげも無く晒した花魁のような出で立ちの彼女は、紅(べに)を引いた薄い唇の口角を上げた。
『まさか、詠唱と血だけで妾を呼びつけようとは……なんぞ急ぎの用でもあったかぇ? 愛しき、妾のシオンよ』
久遠を呼び出すには、魔法陣と詠唱と血液を使った『正式』の手順が必要だ。
しかし、一刻を争う今、魔法陣を用意する時間が惜しい。
だから、詠唱である『唄』と『龍宮の血液』だけで済ませてしまったのだ。
「ご、ごめんなさい……久遠」
眉を下げて謝るシオンの顔は、青ざめてしまっている。
手順を省いたことで、魔力――霊力を大きく消耗してしまったのだ。
『構わぬ。其方(そち)ならば許そう。それより……』
鋭い爪を伸ばした細い指が、シオンの顎を掴む。
『この傷をつけたのは……あの、醜い鬼かぇ?』
背筋が凍るほどの冷たい声。
久遠から放たれた殺気は女子トイレ内を完全に満たし、高い知能を持たないトロールの動きを止めた。
自分が向けられたわけでもないのに、シオンの後ろでハリーたち三人が震える。