第12章 姫巫女とトロール
「久遠、あの……」
『何も言うな。ようは、あの愚鈍を葬れば良いのであろう?』
紅い目を細め、憎々しげに相貌を歪め、久遠がトロールへ身体を向けた。
ゆっくりと腕を胸の高さまで上げる彼女を、シオンは慌てて止める。
「ま、待って、久遠! 殺しちゃダメ! それだけは止めて‼︎」
『殺すな? 難しいことを言うでない。其方(そち)を傷つけられて、妾たちが黙っておられると思うたか? 月映殿も、表には出しておらぬが、腹わたが煮えくり返っておろう? 本心は、枷を解き放ち、自らの手でアレを八つ裂きにしてやりたい、といったところか』
『ふん……八つ裂きでも温いわ。生きたまま臓物を引きずり出し、この世のあらゆる痛苦を味あわせて殺さねば気がすまぬ』
ロンが月映の言葉を想像して、「ひっ」と悲鳴を上げた。
そこへ、頭のフラつきが取れたのか。
トロールがシオンたちへ一歩を踏み出し、その長い腕を振り下ろした。
「「「シオン!」」」
自分たちの中で、最もトロールに近い友人の名を、ハリーたちが呼んだ。
けれど、その心配は無用だ。
『控えよ! 姫巫女の御前ぞ!』
怒鳴りつけた久遠は、巨腕から繰り出された大きな拳を、細い指先一つで受け止めた。
そして、彼女の触れた指先を起点に、トロールの身体へ無数の裂傷が走り、細かな血飛沫が弾ける。