第1章 1
脳の奥のどこかが一瞬で冷えて痺れて痛んで、ぐらぐら揺れた。
"かわり"
"かわりに"
たかだか3、4文字が、こんなにも自分を痛めつけるのかと、真緒は苦痛よりも先に驚きを感じるほどだった。
「ど、ゆ、こと?」
声が出たのはたぶん奇跡だ、と真緒は思う。
「かわり、って」
問いかけに、桃城はいつもと違う、口を歪めるような笑顔を浮かべた。
「そのまんまだよ。
あいつのかわり、してほしいんだ」
歪んだ口から言葉が吐き出される。
「あいつとしたかったこと、
あいつにしてやりたかったこと、
あいつのかわりにさせてくれ。
小野寺がどーしても無理なことはやらねーし、キスとかそれ以上のこともしねーから」
真緒を窒息させるような言葉。
「今、ここでだけでいいんだ。
ずっとじゃなくていいから」
「図々しいこと言ってんのもわかってる。
ただ、
……ただ、今だけは、
あいつのかわりになってくれよ……」
あなたの心の涙が、私の心を窒息させる。
「……ひどいこと言ってる」
「わかってる」
「サイテー」
「わかってる」
「嘘でも、私のこと好きになるとか言えばいいじゃん」
「……それは、できねーよ。
あいつにも小野寺にも、悪りーだろ」
「……なんで。なんでそういうこと言うの。
そこでノッてくるようなサイテーな奴なら、」
すっぱり嫌いになれるのに。
そのまま漏らしそうになった気持ちを、すんでのところで真緒は飲み込んだ。
真緒にはわかっていた。
自分の言うことに桃城がどんな返事をするか。何を考えるのか。
ひどいことをひどいことと認めた上で言ってることも、
「悪い」とまず思う相手が、真緒ではなくて「彼女」であることも、全くの予想通り。
……そういうところが好きなんだもん。
筋が通ってて、自分の責任から逃げないとこ。
好きになったら一途なとこ。
……そうでなきゃ、彼女がいるのにまだ未練たらしく好きでなんていなかった。
だから、どんなにずるいと思っても。どんなにひどいと思っても。
答えなんて、決まっている。