第2章 水色~黒子~
「すごいね。テツくんに、そこまで言わせちゃうんだ」
すごいなあ、その子。
小さな呟きはやっと聞き取れるくらいの大きさで、僕は、ぐ、と拳を握り締めました。
桃井さんを見ていると、やっぱり心は痛みます。
女の子として好きにはなれなくても、彼女は確かに、かつて大切な仲間の一人でした。
でもだからといって、いつまで曖昧にしていても、何もならないし、大切な人も守れません。
事実とは異なる言動を繰り返しながら、いつかそれが本当になれば良いと思っていたと、桃井さんは言いました。
でもそれは、僕にはありえないことでしたから。
「すみません」
仲間として…友達として関わることはできても、一人の女性として見ることは、この先も決してできないことを、僕は自覚していました。
そんな僕の『すみません』が、桃井さんにどう聞こえたかは分かりませんが。
「もう謝んないでよ。私だって悪かったんだしさ、惨めになっちゃうじゃん!」
「桃井さん」
「でもさ、もし…もしもだよ? テツくんがその子に会ってなかったら、少しは違ってた?」
そんなことを聞いてどうするのだろう、と、この時、僕は正直思いました。
△△さんと出会わないなんて仮定は、僕にとっては考えられないことです。
でも…恐らくは桃井さんの最後の質問なのだろうと思えるそれに、僕は、
「分かりません」
一言だけ、答えました
考えられない…考えたくもない仮定の答えなんて、僕にはできません。
それに…もし桃井さんの言うとおり、△△さんに出会っていない僕だったとしても…恐らく……。
でも、その先は言葉にしないまま、僕が真っ直ぐに桃井さんを見ると、彼女は僕に背中を向けました。
「テツくん…何か、違う人みたい。ずっと見てきたはずなのに、こんなテツくん見たの、初めて」
言いながら、桃井さんは大きく伸びをして、少しだけ、僕を振り向きました。
長い髪が風に流れて表情は見えませんが、泣いているような…それでいて、少し微笑んでいるような、不思議な表情だった気がします。
「私も、そんな風に言ってくれる人、見つけよーっと。後で後悔しても、もう遅いんだからね、テツくん? あ、テツくんて呼ぶのも、もうダメ…かな」
思いついたようにそんなことを呟いた桃井さんに、僕は首を振りました。
「いえ」
短く、僕は答えました。