第2章 水色~黒子~
すると桃井さんは『ありがとう』と言いながら、遠ざかっていきました。
(テツくん…か……)
呼び方は人それぞれですし、特にこだわるつもりはありません(変な呼び方は嫌ですが)。
ただ『テツくん』という響きに、僕が特別なものを感じるのは、△△さんからだけという、ただ、それだけです。
といっても、肝心の△△さんは、今のところ僕を『黒子くん』としか呼んでくれませんが。
『えっと…えーっと、じゃあね…「テツくん!」』
幼い声が初めてそう呼んでくれたのは、もう何年も昔のことです。
それをずっと覚えている僕は、おかしいでしょうか。
それでも……。
暗くなりはじめた空を見上げて、僕は体育館に戻りました。
部活が終わった後、△△さんについては必要なら明日も無理させないようにと言ってくれたカントクに頷きながら、僕はカントクと、そして部長とを呼び止めました。
火神くんも他の部員達も、誰もいなくなった部室で、僕は迷いながら、それでも……。
「実は、お話しておきたいことがあります」
もちろん、僕の知る全てを話すつもりはありません。
でも…知らせておくべきこともあると、そう思いました。
何度も何度も考えて、その上で、話しておくべきだと決めて、そして伝えた僕に、二人は真剣に向き合ってくれました。
話を終えると、できる限りの協力をすると頷いてくれた二人に、僕は頭を下げました。
「ありがとうございます」
それから、僕は帰宅しようとしましたが、
「あ、黒子くん」
「はい?」
「忘れるとこだったわ。これ、二号にって。△△さんからよ」
「△△さん?」
そう言ってカントクから手渡されたのは、二号が大好きな子犬用のお菓子が入った袋…でした。
『今度、二号にプレゼントするね』
そういえば、二号が人間の食べ物を欲しがって困るという話になった時、△△さんは二号にそう言ってくれましたが。
今日の△△さんは部活は休みのはずなのに……。
もらったお菓子を、ついじっと見つめてしまった僕に、カントクが意味ありげに笑いながら近づいてきました。