第5章 青色ドロップ
ぴし ぱき
ぴし ぱき
名前は足元から徐々に冷えていくのを感じた。
自分は何故、デートをしているのにこんな気分になっているのだろうか。これは、自分の心が狭いせいだろうか?
思わず顔を伏せれば、まだ口をつけていない飲み物に自分の顔がうつった。
オリジナルドリンクだというそれは、独特な色をしていて顔色こそ分からなかったが、酷い表情を零しているのだけはわかった。
不思議な色のドリンクの海を、ぼんやりと無気力に眺めていると、不意に幸村の切羽詰まった声が聞こえてきた。
「名前っ、ごめん、俺ちょっと宮野のところに行ってくる!」
「は…?」
ぴし ぱき
幸村の言葉の意味が分からず、間抜けな声を出しつつも名前はゆっくりと顔を上げた。
見上げれば、焦りの表情を色濃く現している幸村と視線がかち合って、思わず名前自身も焦りのようなものを感じてしまった。
「宮野と通話してたら急に通話が切れて…しかも切れる前に軽い悲鳴をあげたんだ!俺、心配で…すぐ戻るから、名前はここで待っていて」
「な、なら私も一緒に…」
「いや、俺だけで大丈夫だよ」
"来るな"
そう、ストレートに言われた気がした。
ぱき
ぱき
ぱき
「そっか…うん、分かった」
「本当にごめん。すぐに戻るから」
そう言って下がり気味の名前の頭を、優しくひとなでした幸村はスマートフォンを握りしめたまま走り出していった。
ざぁ、と不快な春風が吹き抜けた。
面白いことに、先程まで出そうだった涙はじんわりとも浮かんでいなかった。
春風にその身を激しく揺さぶられた花々は、花弁を抜き取られ、春空へと舞い上がった。綺麗だと、いつもなら思うかもしれないそれは酷く汚いものに思えた。
なにもかもが、不快にしか思えなかった。
吹き抜ける春風も。
舞い上がる色とりどりの花弁も。
走り去った幸村を一瞥したあと不憫な者を見るような女性店員の視線も。
デートだと言うのに、自分を放って宮野の元へといった幸村も。
なにも言わず、ただ素直に幸村を送り出した自分も。
なにもかもが、不快だった。