第5章 青色ドロップ
触れていた時間はほんの少し。触れ方は柔らかく掠める程度のようなものだった。すぐに離れていった幸村の端正な顔は、柔らかな笑みを零していて、ほんのり頬は赤かった。
以前は幸村からのキスに、少なからず戸惑いのようなものを感じていたのに。今の名前には全くそれがなかった。
ただ、嬉しい、苦しい、恥ずかしい。ぐるぐるとその感情が胸の中を暴れていて、決して嫌ではない胸の苦しみに名前はそっと胸元に手を置いた。
「ご、ごめん幸村くん…!ちょっと、御手洗行ってくる!」
「あぁ、分かったよ。ここで待っているね」
「うんっすぐ戻るから!」
赤い顔を手で軽く隠しながら、待ち合わせ場所から近い場所にあった公衆トイレへと駆け込んだ。待ち合わせ場所であった緑豊かな公園は、利用する者が多い為か外観も中もとても綺麗だ。
お洒落なデザインの手洗い場まで足早に行き、鏡を覗きこめば真っ赤な顔をした自分とばちりと目が合った。
瞳は潤んでおり目尻に少し涙が浮かび、桃色のチークを乗せた頬はそれだけの色ではなく自身の頬の熱により赤みをさしていた。ダマにならないように慎重にマスカラを乗せたまつ毛がゆっくりと上下した。瞬きをしたのだ。
ーー褒められて恥ずかしくて逃げるとか…ダサい。
これが朋子であれば、ありがとう、なんて言って天使のような笑みを相手に向けるのだろうが、名前は違う。
可愛いと言われること自体に慣れていないし、その上想い人である幸村にそんな事を言われたらキャパオーバー気味なのだ。
ぱたぱたと両手で顔を仰ぎ、なんとか熱をしずめたあと熱い手を冷たい水にあて気持ちを落ち着かせた。形のないものがするすると手を滑り落ちていく様がなんとも心地よい。
ーーよしっ!いざ……出陣!!
水に濡れた手をハンカチで拭ってから、名前はまるで戦場にでも向かうかのように気合をいれ公衆トイレを抜け出した。
お気に入りのヒールをこつこつと鳴らしながら小走りで幸村の待つ場所まで向かって、ふと足が止まる。
「ってことがあってさー。あはは!本当に私馬鹿だよね~」
「あははっ、俺も見てみたかったな、その光景」
「あー意地悪なこと言うな~!」
ーーなんで……あの子が、居るの?
目を見開いた名前の視線の先に、隣の席の彼女がいた。