第5章 青色ドロップ
あはは、と声を出して笑い合う二人を、自分の意思を無視して揺れる瞳が一瞬も離さずに捉えている。自然と眉が寄り、足から力が抜け崩れそうになるのをなんとか持ち堪えていると、不意に幸村の視線が名前へと向いた。
「名前!おいで」
まるで恋人を呼ぶように、優しげな微笑みを自分へと向けながら片手をあげる幸村に名前は戸惑う。幸村の隣にいる彼女へと視線をうつせば、少しだけ残念そうな表情を零している。
ーーあの子、やっぱり好きなんだ、幸村くんのこと。
それは、金曜日の朝ーー二人で楽しげに話していた光景を見た瞬間、分かっていた。彼女の横顔は恋する乙女のものだった。
だが、何故彼女が?幸村の悪口を言っていた彼女が、なぜ平然と幸村の隣に立って楽しげに話をしているのか。
沸き上がる怒りに似た黒い感情が、じわじわと腹から上へ上へと登ってきて、
"なんで、その子と楽しそうに話してるの?"
そう、口に出してしまいそうだった。
しかし、それを言うわけにはいかない。幸村が誰と仲良くしようと、幸村自身の勝手なのだ。名前が感情のままにキツい言葉を吐いていい訳では無い。
ーー分かってる。分かってる、けど。
ーー痛い。
ただ、異性と話しているだけ。
たったそれだけの事なのに、名前は腹の底からわきでる黒いものに戸惑いすら感じた。胸はじりじりと鈍く痛み、嫌な痛みだ。
先程まで、幸村にキスをされ、可愛いと言われ舞い上がってしまいそうなほど幸せな気分に浸っていたと言うのに。
「ごめんね、お待たせ。えっと、同じクラスのーー」
それでも名前は無理矢理に笑みを作って二人へと向けた。自分だけの感情のエゴで、二人を不快にさせたくなかったのだ。きっと、これがデートでなければ名前は人気のない所に逃げ込んでいただろう。
「宮野だよ。名前の隣の席の」
名前は驚いた。幸村が、彼女の事を苗字でーー呼び捨てで呼んでいることに。幸村が苗字を呼び捨てで呼ぶということは、近しい友人と認識している証拠だ。名前自身、そうだったのだから。