第5章 青色ドロップ
それはきっと、あの光景が思い出してしまったからだろう。
丸井との楽しい時間で、脳裏にこびり付いていた幸村と隣の席の彼女が楽しげに話していた光景は、一回りも二回りも小さなものになっていたが、それでも完全に消えてくれはしなかった。
どろどろと腹の底から少しずつ湧き出るほの暗いなにかと、胸に走る鈍い痛みに顔を顰めるも、楽しげに笑っていた丸井を思い出し、一度スマートフォンをベッドに置いてから名前は勢いよく自身の頬を両手で叩いた。
ーーダメだダメだダメだ!ネガティブになりすぎ!ただ仲良く話してただけじゃん!メソメソすんな!元気づけてくれた丸井くんにも申し訳ない!!
べちべちべち、と何度も頬を叩き気合を注入しながら気持ちを切り替える。ヒリヒリと頬が傷んだが、それを無視し意を決して通話ボタンをタップした。
すぐに耳に添えて、もしもし、と声を出す。自分が思っていたよりも普段通りの声が出せてほっと安堵する。
『もしもし、幸村だけど…急に電話してごめん。今時間平気かな?』
スマートフォンから流れてくる幸村の優しい声が、名前の鼓膜をしっとりと震わせ自然と頬が緩んでいくのを感じた。
ーー電話で良かった、好きなだけニヤけても平気だ。
そんな事を思いつつも、それを悟られないように声音には細心の注意を払い、口を開いた。
「うん。大丈夫だよ。どうしたの?」
『ふふ、デートのお誘いだよ』
「………で、デート?!?!」
幸村の口から飛び出した予想外の言葉に、名前は少しの間をあけたあと、間抜けにも声をひっくり返しながら"デート"という単語を繰り返した。
そのあまりにも素っ頓狂な声に、幸村は声を出して笑い、名前は頬を赤らめた。
「……そんなに笑わなくても…」
『ふふ、ごめんごめん。可愛い反応だったものだから』
「良いけど…で!日曜日、どこに行くの?」
少しだけ声を弾ませながら、名前はそう問うてみた。
勿論、場所が何処であれ幸村と出掛けられるのであれば嬉しいことこの上ないのだが、少しでも長く話していたかったのだ。
『あぁ、美術館にね、行きたいと思っているんだ。今、印象派展をやっているから』
「印象派展?…よく分からないけど、うん、行ってみたい。行こう!」