第5章 青色ドロップ
春風を体に受け、制服や髪を緩やかに揺らす名前を見上げた丸井は緩く首を傾げて見せた。
「んだよ、どっか行くのか?」
「うん。ここに居ると人が来ちゃいそうだからね。家に帰ろうかなーって」
「ふーん。なぁ、お前ん家こっから近いのか?」
「うん。割りと近いよ。5分くらいかな?」
言いながら膝に置いたままだったスマートフォンを手に取り画面を見て、そっと溜め息をついた。
もしかしたら幸村からLINEが来るかもしれないと淡い期待をしていたのだが、それは期待のまま終わってしまった。
ポケットにスマートフォンを入れ、鞄に手を掛け肩に掛け丸井へと視線をやれば、彼は既に立ち上がっておりスイーツのゴミが詰まったビニール袋を手に下げぶらぶらとそれを揺らしている。
テニスバックではない、学校指定のスクール鞄をリュックのように背負いながら片手をポケットに突っ込んでいる丸井は、いつの間に口に含んだのかいつものお気に入りのガムを綺麗に膨らませていた。
綺麗に丸く膨らまされたそれをぼんやりと眺めたあと、はっと我に返り、慌てて口を開いた。
「丸井くん、一緒に居てくれてありがとう。あと、プリンご馳走様美味しかったよ」
そう言って、肩に掛けた鞄の持ち手を片手で握れば、おー、なんてなんとも緩い返事。
思わず笑ってしまえば、顎に手をあてなにやら思考を巡らせている丸井が目に入り、どうしたの?、と問うてみた。
「なぁ、家でゴロゴロすんの勿体ねぇからさ、ちょっと遊び行こうぜ」
「えっ、あ、遊びにって…そんなの怒られるよ絶対!立海の制服って結構有名なんだから…」
「そこら辺は大丈夫だ。お前ん家こっから近いんだろ?なら一回家寄って着替えてから遊び行こうぜ」
満面の笑みで、屈託なく笑いながら言うものだから毒気が抜かれてしまい、名前はがくりと肩を落とし小さく息を吐いた。そしてそのすぐあとに、自身も同じように笑ってしまう。
ーー丸井くんの笑顔って、不思議だな。
ふと、そんな事を思った。
満面の笑みは、誰しも素敵なものだ。しかし、幸村の満面の笑みと丸井の満面の笑みは違う。
見惚れてしまいドキドキする幸村の満面の笑み。
つられてしまいこちらまで笑みが浮かんでしまい元気が湧いてくる丸井の満面の笑み。