第5章 青色ドロップ
侵入者を防ぐための南京錠が外れたドアノブに、そっと丸井が手をかけほんの少しだけ勢いよく開けばーーその瞬間、ぶわりと春風が二人の体を撫でつけた。
「すげー、風強いな」
そう言って目を細め笑う丸井の赤い髪が、風で遊ばれきらきらと輝いて見えた。
髪の毛の一本一本が、ほかの人間とは違う何かで作られたようで、その綺麗さに思わず見惚れていると、そんな事など気づきもしない丸井はさっさっと足を進め屋上という箱庭の中へと侵入していった。
そのあとを、名前はのんびりとした歩幅でついていき自分も箱庭の世界へと足を踏み入れた。
後ろ手でドアを閉め、足を数歩先へと進ませれば屋上のフェンスに身を乗り出しテニスコートを眺める丸井が視界に入った。春風に揺れる彼の髪はやっぱりとても綺麗で、やっぱり、魅入ってしまう。
幸村の事を綺麗だと何度も思った名前だが、丸井に対しての綺麗は少しだけ意味が違う。
言葉では言い表せなくて綺麗としか言いようがないが、全くタイプの異なる二人なはずなのに名前は二人を綺麗だと思うのだ。何故、そう思うのか。名前自身不思議で仕方なかった。
「丸井くん、今日部活サボりなの?」
丸井の横にたち、錆び付いたフェンスに手を添えながらそう問うてみた。名前の視線はテニスコートで、更に言えば幸村へと注がれている。
大きすぎる校舎からでは、テニスコートの人など小さくて分かりづらかったが、それでも名前はすぐに幸村の姿を探し出す事が出来た。同時に、フェンス前に立ち幸村を眺める彼女の事も。
すぐに視線を逸らし横にいる丸井へと向ければ、いや、ちげぇよ、と即座に言葉が返ってきた。
フェンスに肘をつき、頬杖をついた丸井は名前へと視線を寄越す。朝日を浴びている丸井は、なんだか違う人のように見えた。
「俺なー理科と数学が苦手なんだけどよぉ、二年の学期末にやったテストがダメダメだったらしくて今日から来週の金曜まで部活停止で勉強しろってさ。真田にはたるんどるって言われちまうし…嫌になるぜ」
げんなりした様子でそう話した丸井の様子に、名前は自然と声を出して笑ってしまった。
楽しげに笑う名前に、んだよ…笑うなって、と笑われた本人は唇を尖らせた。幼い子供のようで尚笑ってしまう。