第5章 青色ドロップ
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丸井が名前の腕を離したのは、屋上に続く階段を登りきって直後の時だった。
ーーそう言えば、幸村くんにも同じような事されたな。
教室から屋上までの道中、周りの目など気にもせず幸村は名前の手を握りしめ歩き、その手が離れた場所がーー此処だった。
これ以上上に行くことなんて出来ない場所。当然窓なんてなくて、少し薄暗い。そんな場所で、キスをされた。
ーー思い出すな思い出すな!
ぶわりと脳裏に浮かんだ幸村とのキスシーンに、名前は慌てて両手をバタバタと振りそれをかき消せば、お前なにやってんだよ、なんて引いた視線を丸井が彼女へと向けた。
そのあまりの視線の冷たさに、名前は一瞬身を固くするも、んんっ、と咳払いをひとつ零し流すことにした。
と、そこでふと丸井の手が南京錠に添えられている事に気がついた。
屋上への侵入者を防ぐため、ドアノブでどっしりと構えこちらを見据えてくるそれは、鍵が無ければ開かないはずだ。鍵を複製していた朋子は兎も角、幸村は職員で鍵を借りていた。
ここに来る途中、職員室なんて寄っていない。もしかしたら、丸井くんも複製した鍵を持っているんだろうか?と首を捻る。
そんな名前の思考など気にした素振りも見せず、丸井はいつものようにフーセンガムを膨らましながら、ずっしりとした南京錠を上下左右に軽く揺さぶり始めた。
すると、不意にカチリ、という音が耳に滑り込んできた。
ギョッとして南京錠へと視線を向ければ、するりとドアノブから外れたそれは丸井の手の上に落ちた。先程はどっしりとして見えていたそれが、急にこじんまりしたように見える。
「え…な、なんで?鍵使ってないよね?」
目を皿のように丸くさせながら、丸井の手の内にある南京錠を指させば彼は得意気に笑ってみせた。相変わらず人懐こい笑みを浮かべる人だな、なんて名前はその時ぼんやりと思った。
「あー使ってないぜ。この南京錠な、古いから馬鹿になってるらしくて軽く揺すると外れるんだぜ。これ、俺とお前の内緒な?」
そう言ってパチリと綺麗なウィンクをするものだから、不意に心臓が跳ね上がった。
ーーな、なんで?
何故、心臓が跳ねたのか。自分でも分からなかった。