第5章 青色ドロップ
なんの話をしてるの?
なんでその子がここに居るの?
なんでその笑顔をその子に向けるの?
そんな言葉が頭に浮かび上がり、ぐるぐると巡る。
テニスコートにつくほんの少し前までは幸村精市という男のことで頭がいっぱいだったのに、今は幸村の事を考えたくなくて、大きく頭を左右に振るとその場から逃げるように駆け出した。
頭の中で浮かんだ言葉はぐちゃぐちゃと混ざり、頭痛を覚えた。しかし、この時の名前はズキズキとした痛みが何処から来ているものか分からなかった。
頭が痛いのか、腹が痛いのか、それとも別の場所か。
ズキンズキンと鈍い痛みを発し警報を鳴らしてくるが、やはり何処が痛いか分からず名前はただガムシャラに足を進めれば、どん、と鈍い音と共に衝撃が走った。
全速力で走っていたせいか物凄い勢いでぶつかってしまい、真っ先にぶつけた顔がとても痛くて涙目になってしまう。
「っー…す、すみません…前見てなくて…」
じんわりと浮かぶ涙をそのままに顔に手をやり謝罪を述べれば、あ?お前…、なんて何処かで聞いたことのある声が耳に滑り込んできた。
反射的に顔を上げた名前の視界に映ったのは、不思議そうな表情を零す制服姿の丸井ブン太だった。
丸井くん…。なんて少しだけ掠れた声で名前を呼べば、名前の目尻に浮かぶ涙に、不思議そうな表情からギョッとした表情へと変わる。それと同時に、彼が膨らましていたフーセンガムがパンと弾けた。
「なに泣いてんだよ。なんかあったのか?」
「いや……別に、そんな訳では…」
「お前、嘘つくの下手だな。つくならもっと天才的に人を騙せるようにしろい」
呆れたような表情をこぼし、頭をかく丸井の言葉に名前は心の中でそっと同調した。
自分でも下手な嘘をついたと思っている。泣きながら走っておいて、なにもないですなんておかしな話だ。
居心地悪そうに視線をさ迷わせている名前を一瞥し眉を寄せた丸井は、彼女から一度視線をはずし後方へと流した。その視線の先に映った、幸村と見知らぬ女子姿に丸井は、なるほどな、とひっそり心の中で納得し視線を名前へと戻した。