第5章 青色ドロップ
足を一度止め、テニスコートへと視線を向ければ自然と幸村の姿を探していて名前は苦笑を漏らした。
朝日が眩しくテニスコートに降り注ぐなか、そんな日差しなど気にもせずラケットを片手にテニスコートを走り回るテニス部員たちを眺めていると、不意にフェンス前に見覚えるのある人物が立っており、そっと眉を寄せた。
「…なんで?」
少しだけ戸惑いの滲んだ名前のその言葉は小さく、すぐに空気の中へと溶け込んでしまった。
戸惑い揺れる自身の瞳の中に閉じ込めたのは、名前のクラスメイトであり左隣の女子ーーそう、幸村の事を悪く言っていた女子生徒が、そこに居たのだ。
何故、この時間帯に彼女がテニス部を眺めているのか名前には皆目検討がつかなかった。
頭がついていかず、地面に縫い付けられたようにその場からピクリとも動けなくなってしまった。まるでそこに備え付けられたマネキンのように立ち尽くす名前の揺れる瞳に、不意に幸村精市が入り込んできた。
フェンスを握りしめ、ほんのり頬を上気させながら幸村に言葉を投げている彼女。必死な様子が見てとれる。そんな彼女の様子に幸村は些か驚いた様子だったが、暫くするとふんわりと優しい笑みを浮かべなにか言葉を返している。
ーーやっぱり、その笑い方は皆に向けるものだよね。
花が咲いたような幸村の笑顔が、名前は大好きだった。
その事をひっそりと朋子に言ったことがあったが、その時彼女は、あの笑い方名前にしか見せてない気がする、なんて言われて嬉しかったのを今でも覚えている。
もしかしたら私は、幸村くんの特別な友達なのかもしれない。そんな事を思いニヤニヤと笑っていたあの頃の自分が酷く滑稽に思えてくる。
ーーやっぱり、幸村くんは誰にでも優しいんだな。
酷く沈んだ気持ちになりながら、名前はそんな事を思った。
自分が幸村の立場であれば、自分の悪口を言っていた相手にあんな笑みを向けることなんて出来ない。精一杯の笑みを浮かべたとしても引きつったものになってしまうだろう。
それがどうだ?幸村精市という人間はさして気にするでもなく自分の悪口を言っていた彼女に花が咲いたような笑みを向けているではないか。