第4章 黄色ドロップ
「お前から、丸井にあげようとした訳ではないんだね?」
言葉の意味をしっかりと味合わせるように、ゆっくりと丁寧に言葉を紡ぐ相手に、名前は一瞬息を詰まらせたがすぐに顔を勢いよく縦に振って見せた。
こくこくと何度も頷く名前を見て、小さく息を吐いた幸村はそこでやっといつもの笑みを浮かべた。そのいつもの笑みに、心の底から安堵し胸を撫で下ろした。
「柳生くんもさっき言ってたと思うけど…丸井くんが欲しいって言ったから。お腹空いてたんだと思う」
「いや…違う。丸井は美味しそうなものには目がなくてね。よく人にモノを強請ったり貰ったりしているんだ」
「あ、そうなんだ」
ーー部活中に食べ物強請るからオーラが怖かったのかな?常習犯みたいだし。
名前はぼんやりとそんな事を思った。
そうだとすれば、部長である幸村があのオーラを漂わせていた理由がよくわかる。
ーーそりゃあ部活中に食べ物強請りに行ったりしてたら、不真面目っぽいし…部長としては怒るよね。
自分の正面にいる彼を飛び越えて、先程走って逃げていった丸井の方へと視線をやろうとすれば落ち着いた声音で名前の名を幸村が呼んだ。
「なに?」
「これ…俺が貰っても構わないよね」
有無を言わさぬ物言いに、思わずシパシパと瞬きをしたあと、でも丸井くんが…と言葉を濁せばその言葉がまるで聞こえないかのようにふんわりと笑った幸村はただ、ありがとう、とだけ述べた。
あまりにも綺麗、そして嬉しそうに笑うものだから、名前はそれ以上なにも言えなくなってしまった。
そのあまりに強引な様に、なんだか可笑しくなってきて。名前は思わず吹き出すようにして笑い始めれば、幸村は不思議そうな表情を浮かべ彼女を見ていた。
その日の夜、久しぶりに幼馴染の不二周助から電話があった。
青学から立海へと転校して少したったが、調子はどう?。との事だ。そう言えば引越してから周助に連絡してしなかったな、と名前は反省した。
立海へ転入してからというもの、環境もだが人付き合いも代わり毎日がとても充実していて電話のことなどすっかり忘れていた。
とは言え、最近は専ら幸村の言動について頭が占領しており電話をする余裕も無かった…という方が正しいかもしれない。