第4章 黄色ドロップ
「なぁ、んな事より…それ、お前が作ったのか?美味そうだな」
げんなり気味の名前のことなど気にもせず、目前の彼は楽しげに声を弾ませなにかを指さした。彼の指の先を追えば、名前の手の内にあるチョコチップマフィンに辿り着いた。
そうだけど…。と呟くようにいった名前だが、それがどうかした?と言葉を続けようとしてやめた。
いや、正しくは言葉を発す前に向こうが大きく口を開いた為口を閉ざしたのだ。
「俺今腹減ってんだよなぁ。なぁ、それ俺にくれよ。お礼にお気に入りのグリーンアップル味のガムやるぜ?いいだろい?物々交換だ」
そう言って人懐こそうな笑みを浮かべる男と、自分の手の内にあるチョコチップマフィンを交互に視線をやった。名前は口の中でそっと溜め息を吐き、可愛らしいラッピング袋に包まれたそれを男へと差し出した。
「どうぞ」
「おーサンキューな!美味そう!あ、そういやお前名前はーー」
「丸井くん、何をしているのですか」
目前の男が、第三者の声によって遮られた。聞いたことのある声だ。低く、どこか甘い威厳のあるような声。その声に二人で視線をそちらへと向けると、眼鏡をかけた真面目そうか男がこちへとやってきた。
その男を見て思わず、あっ、と小さく声を上げた。
不思議そうな顔をして名前へと視線を寄越してきたが、そんな事など気にならなかった。眼鏡をかけた男は驚いた顔をして立っている名前に気づき、向こうも同じように驚いた表情を浮かべた。
先程家庭科室で会った風紀委員長が、そこに居たのだ。
部活時間に家庭科室へとやってきたから、てっきり部活動はしていないものだと思っていたが、どうやらそれは早合点だったようだ。
「貴方は先程の…。あ、失礼。申し遅れました…私は柳生比呂士と申します」
「あっえっと…苗字名前と申します。以後お見知りおきを…」
言葉遣いと立ち振る舞いがとても紳士的な柳生比呂士と名乗った男に、名前は目をシパシパと瞬かせたあと慌てて頭をさげ言葉を紡いだ。
その言葉の堅苦しさに、タメなんだからもうちっと気ぃ抜いて話せばいいだろい、なんて赤い髪の男ーー丸井は呆れ顔を見せた。