第4章 黄色ドロップ
キスをされ、呆けたままの名前の手を引いた幸村はドアをあけ屋上へと足を踏み入れた。
名前が我に返ったのは、バタン、という重い扉が閉まった音が背後から襲ってきた時だった。
屋上という狭くて、開放的な世界に幸村と自分の二人だけ。名前は昨日の事と先程のことを思い出し気まずさを感じていた。
いい天気だね。なんて言って微笑む幸村に、そうだね、とだけ返し視線を足元へと下げた。
屋上の床はコンクリートで、夏にここに来くるとすれば太陽の熱の照り返しがきついだろうな、なんてことを考え現実逃避を試してみるも、視界に入り込んできた幸村の足にぎくり、と体を震わせた。
「名前、昨日の事覚えているかい?」
探るような物言いに、どう答えていいか分からず名前は口ごもった。
覚えているか?と聞かれれば、答えはイエスだ。友人にキスをされ、好きだと言われーー忘れられるわけが無い。
はぐらかせばいいのか、それとも覚えていると素直に言えばいいか分からない。幸村に掴まれていた手首がそっと離れ、安堵の息を自然と吐けば、顎に手を添えられ軽く上を向かされてしまった。真っ直ぐに見つめられ、気まずさから視線を外してしまう。
「質問に答えてほしいな。あと、なんで俺の方を見てくれないんだい?」
「…別に、深い意味は…」
「…そう。なら、俺の目を見てちゃんと話をしようか。深い意味はないなら、出来るだろう?」
それとも、またキスをしてしまおうか?
そう言って微かに近づいた幸村の綺麗な顔に、名前は慌てて視線を正面へと向けた。昨日と同じ、熱っぽい視線を自分に真っ直ぐ向けられどうしていいか分からなくなる。
「深い意味はないけれど、俺と目を合わせないなんて悲しいじゃないか。俺はーー」
そっと、前髪を退かし顕になった額に唇が落とされた。柔らかなそれはすぐに離れていき、視線が絡み幸村の瞳のなかになんとも間抜けな顔をした自分が映っていた。
「お前をずっと見ていたいと、俺は思っているよ」
曇りがない、澄んだ凛とした声でそう言われ名前は戸惑った。
目の前にいる幸村精市という人間に、酷く胸が騒いだからだ。