第8章 ドロップス
つられるようにして、名前も泣いていた。
涙を流す名前に、幸村は困った顔をして指の先でそっと涙を拭ったが、決して声を発さなかった。
『名前、隣に幸村居るかい?』
「う、ん。居る」
『スピーカーに出来る?少し、幸村とも話したいんだ』
「…分かった」
名前は不二に言われるまま、そっとスピーカーへと切り替えた。自分の右側にいる幸村に、聞き取りやすいようにと右手でスマートフォンを持ち、そっと相手の方へと寄せた。
そこから、優しい幼馴染の声が聞こえてくる。そこで初めて、電話の相手が不二だと、幸村は理解したらしい。
『幸村、久しぶり』
「やぁ、不二。元気かい?」
『まぁまぁって所かな。ふふ…ねぇ、幸村。僕からお願いがあるんだ』
「なんだい」
『僕のね、幼馴染。頭が良いけど頭が弱いんだ。だから、色々やらかす事があるんだ。そんな時は、君が支えて、助けてあげてほしいんだ。今までは、それを僕がしてきたけど、もう、それは僕の役目じゃないから』
「…不二、」
『君が、名前のヒーローになってあげて』
「…あぁ、分かったよ」
不二の言葉に、幸村はゆっくりと噛み締めるように、頷き言葉を返した。
かんかんかん、と音がした。また電車が通るらしい。
『それでね、名前。最後に、これだけ言わせて』
「な、に?」
まだ涙が止まらず、顔をぐしゃぐしゃにして泣く名前は、声をうわずらせながらも、必死に言葉を返した。
『素敵な初恋を、どうもありがとう』
ざぁ、と夜風が吹き抜けた。
がたがたと電車が通り抜ける音。
虫の音。
優しい声音を出しつつも、涙声である事を隠せないでいる、ヒーローだった幼馴染。
名前は、声を上げて泣いて、泣いて、泣いた。
『名前、泣かないで。大丈夫。これはきっと思い出になる。あと数年もしたら笑い話になるかもしれない。僕は大丈夫。だってーー』
ぐす、と鼻を啜る音がした。
『不二周助は生まれ変われる』
そう、強く凛とした声が聞こえてきた。その声に、安堵し、名前は涙でぐしゃぐしゃの顔で笑みを浮かべた。