第8章 ドロップス
今にも泣きそうな、けど、どこか幸せそうなその複雑な表情に名前は戸惑い柳生の名を小さく呼んだ。
「名前さん」
「あ、は、はい」
不意に呼ばれた名前。柳生に下の名前で呼ばれるのは初めてで、思わず敬語で返事をしてしまった。しかし、相手はそんな事さして気にしておらず、そっと言葉を続けた。
「手を、お借りしてもいいですか?」
「手?う、うん。はい」
「ありがとうございます」
言われるままに手を差し出せば、その手にそっと柳生の手が触れた。両手で包み込むように、そっと名前の手に触れた柳生のその手は、震えていた。
雷に怯え、震える名前を安心させるため、何度か触れた柳生の手。その手が、今は震えている。
名前は両手で包まれたその手に、安心させるようにもう片方の手を添え、そっと柳生を見上げた。
柳生比呂士は、静かに涙を流していた。
「名前さん。これは…言わずに心にしまっておこうと思っていたのですが、貴方の、吹っ切れた表情を見てーー貴方の、前へと進もうとする姿勢を見て…決めました」
「柳生、くん?」
「名前さん」
「…うん」
「私は、貴方の事が、好きです」
どくん、と心臓が大きく跳ね上がった。
優しく微笑みながら、そっと言われた愛の言葉に、名前は大きく目を見開き驚いた。まさか、柳生が自分に好意を寄せているなんて思ってもいなかった。
そんな素振り、見せていなかった。名前は突然の事にどう答えていいか分からず、視線を少しだけ泳がせたが、柳生はそれでも言葉を続けた。
「安心してください。この気持ちは、私が勝手に抱いたものです。貴方は、なにも困る必要ありません。ただ、前を進んだ貴方を見て、私も前に進みたくなったんです。そうしないとーー心にしまったものは残り続けて、ずっと貴方を引き摺ってしまいます。ですから、この気持ちだけでも、吐露させてください」
「っ…柳生、く…」
「名前さん、私は、貴方の笑った顔が一番好きです。だから、笑ってください。そうしたら、私はそれだけでとても幸福を感じることが出来ます」
丁寧に言葉を紡いだ柳生のその言葉に、名前は僅かに目を見開いた。