第8章 ドロップス
つーつーと鳴るスマートフォン。名前は鼻を啜りながらそっと通話終了ボタンを押した。溢れ出る涙を何度も何度も拭ったあと、丸井の席から勢いよく立ち上がる。
そっと机をひと撫でしてから、名前は教室を飛び出した。
まだ幸村は部活をやっている。話せるか分からない。それでも、幸村の所に行きたかった。
教室を出て長い長い廊下を走りきって、正面玄関へと続く角を曲がろうとした時ーー誰かにぶつかってしまった。
強い衝撃によろけそうになったが、ぶつかった相手が手を掴んだおかげで倒れることはなかった。
「ご、ごめんなさい…!急いでて…!」
「苗字さん…?」
「えっ?…あ、」
名前を呼ばれ、驚き顔をあげれば、そこに居たのは柳生比呂士だった。驚いたような表情をして名前の事を見つめている。
ぶつかったのが友人だと分かり、少しだけ安堵するが、それでも名前は改めて謝罪の言葉を口にした。
「ごめんね、急いでてちゃんと前見てなくて…」
「そうだったのですか…ですが、廊下を走ってはいけませんよ」
「うん、分かった。あ、柳生くん。今から部活?」
「ええ。風紀委員の仕事も一通り終わりましたから、後は他の方に任せて鞄を取りに行ったら部活へ向かうつもりです」
「そっか、頑張ってね」
そう言って笑った名前に、柳生は僅か目を見開いた後、すぐに目を細め穏やかな笑みを浮かべた。
「とてもいい笑顔ですね、苗字さん。なにか吹っ切れたような、そんなように見てとれます」
「そう、かな?あはは…。……うん、そうかも。今ね、大好きな人二人から、背中押してもらったの。そしたら、凄く…凄く元気になった。それでね、今心の中にあるこの気持ちを、あの人に伝えたい、って我慢出来なくなってたの」
「…そうですか。それは良かった」
少しだけ首を傾け、名前の苦笑気味の笑みを見て、柳生も同じように笑って。
お互い気恥しいのか少しだけ沈黙を落としてから、吹き出すようにどちらともなく笑って。擽ったい時間をほんの少しだけ味わった後、満面の笑みを浮かべる名前に、柳生は少しだけ唇を震わせ眉を垂らして笑う。