第8章 ドロップス
"大好きだった"
過去形で告げた丸井。それは、名前が自責の念に駆られないように、という丸井の思いから出た言葉だ。
優しい、優しい丸井。その優しい丸井に、名前はすがりついて泣いて、最後に、
「私も…大好き、でした」
そう、小さく呟いた。嘘ではない。本当の事だ。
丸井と付き合って、名前は本当に丸井の事を好きになった。だからこそ、幸村への想いを捨てきれずにいた自分が嫌になった。
しかし、丸井が前へ進めといって、自分への想いを断ち切ったのだ。丸井の、彼氏としての最後の優しさに、名前は多大な感謝を心に抱きながら過去形の愛の言葉を呟いた。
それから丸井はしばらくして、部活へと向かった。
泣き腫らした目のまま、それでも丸井はいつものように気丈に振る舞い、笑い、名前の頭を撫でたあと教室を出ていった。
教室に残った名前。自分の教室ではない、B組。丸井の席を見つけて、そっとそこに腰掛けた。
ーー結局、私は最初から最後まで丸井くんの優しさに寄りかかったままだったな。
溢れる涙をそのままに、名前は今日だけだからと丸井の机に座り丸井との想い出を丁寧に遡っていった。
ふと、そんな時。ポケットに忍ばせていたスマートフォンが震え始めた。震えるのが長い、着信だろう。とてもではないが電話に出られる心境ではなかった。
しかし、一応誰が掛けてきただけでも確認しておこう、とそれをポケットから取り出した。
「…周助」
電話の相手は幼馴染である不二周助からだった。
先程までは電話に出る気なんてなかったのに、その名前を見た瞬間に、どうしようもなく幼馴染のーー幼い頃からの、自分のヒーローの声が聞きたくなった。
名前は強く目元を何度も擦ったあと、鼻を啜り、頬を軽く叩き、気合を入れてから通話ボタンを押し耳にそれをそっとあてがった。
「もしもし」
声は上ずらなかった。いつも通りだと、名前は思った。
しかし、そう思ったのは名前だけだったらしい。
『…また何かあったね?』
困ったような物言いだが、なにかあったことを断定するその言い方に、本当に幼馴染には叶わないと名前は苦笑を漏らした。