第8章 ドロップス
「ま、丸井くん…?や、やだ、やめてっ…ねぇ!丸井くんっ」
驚き悲痛の声を上げる名前の声。それでも丸井には届かない。
丸井の手が、胸から離れほっと安堵の息を吐いた。が、それは早合点だったようで。するりと彼の手が、名前の秘部へと伸びた時、大きく体を跳ねさせーー
「や、だ…!幸村く、助けて…!」
気づけば、そう、叫んでいた。
それと同時に、ぴたりと止まった丸井の手。恐怖にかられていた名前は涙を流しながら、相手を見上げる。
見上げた先の丸井は、思わず手を差し伸べたくなるほど、ぐしゃぐしゃの泣き顔で名前を見ていた。唇を噛み締め、大粒の涙を流し、眉を寄せ、なにかを堪えるような表情を浮かべている。
それでも、丸井は無理矢理笑みを作って、そっと口を開いた。
「な?分かったろい?…こういう事だよ。お前が本当に好きなのは、幸村くんなんだよ。お前が助けを求めるのは、お前が隣に居たいって思うのは、お前が大好きだって本当に思えるのはーー幸村くんなんだよ」
そういった丸井は名前を机から起こし、身なりを整えてやった後、そっと手を握りしめてきた。
未だ涙を流している丸井の手は酷く震えていたが、変わらずあたたかいものだった。握りしめたその手を、そっと自分の顔へとやって、こつん、と額に擦り寄せた。
「俺さ、何度もお前の手をこうやって握って…その度思ったんだ」
「…なに、を?」
「…握りしめた手のひらから、じわじわ伝わってきたんだ。お前と、幸村くんの未来が、夢が。なんでだろうな。何度強く握っても、すがるように握っても、俺との未来も夢も、伝わらなかった。ただ、見えたのは、感じたのは…幸村くんと、お前のその先」
「っ…丸井、く」
「名前。辛い時、悲しい時は俺をすぐに思い出せ、んで、すぐ声掛けろ。俺はずっとお前の傍で、お前自身を保てるように支えるから。だから、ここで立ち止まるな。前へ、前へ行け!」
ぎゅっと握りしめられた手。震えるその手に、もう片方の自分の手を添え、声を上げて泣いた。互いの手を握りしめて、その手に額を預けて二人は泣いて。
「名前。大好きだったぜ」