第8章 ドロップス
丸井からLINEで、部活が始まる前に放課後会えないかとメッセージが来たのだ。今日は週の真ん中の水曜日。いつも通り生徒会室で丸井を待っていようとした名前は帰りではダメなの?と返してみたが、それではダメらしい。
不思議に思いつつ、分かったと返事をして、迎えた放課後ーーそしてそれが今現在、である。
静かなB組の教室で、名前と丸井は向かい合っていた。教室の真ん中で、二人向かい合う姿は傍から見たら少しおかしな光景かもしれない。
他でもない、名前自身がそう思っているのだから。
「ごめんごめん、で、なんだっけ?」
頭の中にいる幸村をかき消しながら、誤魔化すように笑ってそう言った名前に、丸井は少しだけ黙り込んだあと、そっと口を開いた。
「…別れようぜ、俺ら」
ぽつり。呟いた丸井の言葉は窓から吹き込んだ夏の風にかき消されてしまいそうなほどか細いものだった。
途端に、うるさい位の蝉の鳴き声も教室の中に滑り込んできた。その蝉の音は、名前の中の何かを激しく揺さぶるようだった。
「……え?は、え?な、なんで…?急に、どうしたの?」
丸井の突然の言葉に、名前は訳が分からず瞳を大きく揺らしながらも、その中にしっかり相手を捉えたまま上擦った声で問うた。
そんな名前に、丸井は至極辛そうな表情を浮かべ、次の瞬間には泣いていた。
「お前、まだ幸村くんのこと好きだろい」
「っ…そ、そんな事ない!私は、私は丸井くんが好き!なんでそんなこと言うの…?!」
「……だったら!お前今さっきまで何処見てたと思う?」
「え?それは…」
「あそこだよ」
言いながら指さしたのは、窓の外ーーテニスコート。立海の大きなテニスコートは、教室の真ん中にいても見える。そして、名前と丸井の位置から見えるーー幸村精市の姿。
名前は大きく目を見開いた。
「お前は…無意識かもしんねぇけど、お前の行動見てたらわかんだよ。俺は、お前が好きだから…好きなやつのことは見ちまうだろい。…だから、好きなやつが、誰をよく目で追ってるかなんて、よくわかる」
拳を固く握りしめた丸井は、その手で流れる涙を強引に一度だけ拭い、更に言葉を続けた。