第8章 ドロップス
横抱きされて現れた名前にギョッと目を丸くした保険医は、流れるように幸村へと視線を流せば、涙を流す彼にまた目を丸くさせたが、それには触れなかった。
「あらあら大変…どうしたの?とりあえず、ベットに運んでくれる?」
「わかりました」
保険医の言葉に頷けば、言われるまま幸村は保健室の中へと歩を進めベットの上に名前を寝かせた。
少し固くて、寝づらいそのベットに僅かに眉を寄せたが、それでも名前は目をつぶったまま寝たフリをした。今更起きてましたなんて言えなかったのだ。
固く目をつぶり、幸村が去るのを待ったが、なかなか彼の気配は消えなかった。傍らにもう一人の気配を感じ、それが保険医のものだとすぐに分かった。
幸村が保険医に意識を失った詳細を話しているのを、耳と気配で感じながら、名前はぼんやりと思った。
ーーなんで、幸村くんなんだろ…。
男子のコートは向かい側。駆け寄ってきてような足跡ふたつのうちひとつは幸村のものだったのだろう。ならば、もうひとつの足跡は?と考え、すぐに浮かんだのが丸井、または体育教師。
そのどちらにしても、分からない。
体育教師が保健室まで運んでくるならば分かる、彼氏の丸井が運んでくるのも分かる。なのに、どちらも違う。保健室まで運んできたのは幸村で。
「んーなるほど…見たところ倒れた時に打ったような跡もない。顔色は少し悪いけど…少し様子を見ましょうか。先生に伝えてくれる?」
「いや、あの…」
「ん?…どうしたの?」
言いにくそうに言葉を濁す幸村に、保険医は不思議そうな表情を浮かべたものの、すぐに何かを察したのか柔らかな笑みを浮かべると自分が行くと述べてから保健室を出ていった。
かたん、とドアが閉じる音がやけに大きく名前の耳に響いた。
その音のほんの少しあと、かたん、とまた音がした。幸村が傍らにあったパイプ椅子を手繰り寄せたのだ。
きし、と軋む音。パイプ椅子に座ったのだと理解した。なんで戻らないのか、と不思議に思う名前の耳に、今度はベットの軋む微かな音が滑り込む。それと同時に、幸村の気配が先程よりも近くに感じた。