第8章 ドロップス
「名前!!」
「名前ちゃん…!!」
くらくらと視界が定まらないことに苛立たしげに目元を抑えれば、朋子と宮野が自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
驚き反射的に顔を上げたと同時に、強い衝撃が名前の顔面を襲った。なにが起きたのか一瞬名前自身も分からなかった。
顔に受けた衝撃で、ふわりと後ろに倒れる体。定まらなかった視界が不意にその時だけカチリと定まって、宙を舞うボールを捉えた。
ーーあぁ、顔に、当たったのか。
そう頭で理解したと同時に体はかたい床に倒れ込んで、痛みが走った。
「名前…!!」
そんな切羽詰まった声が聞こえた。誰の声だろうか、なんて思って視線をそちらに向けようとしたが重い体はぴくりとも動かなかった。
慌ただしく床を蹴る音がふたつほど聞こえて、名前の元で止まったかと思えばなにやら頭上で揉めている様子だった。
と、そこで名前の意識は飛んだ。
ゆらゆらと揺れる感覚により、名前の意識は少しずつ現実世界に戻されていく。なにかに包まれ、体が浮いている感覚。心地よい体温と、心地よい心臓の音も聞こえる。
薄く目を開き、瞬きを繰り返していると不意に頬に冷たいものが数滴落ちてきた。驚いて声が出そうになったが、暑さにやられ喉が乾いていたのか喉が張り付きそれは出なかった。
どうしたものかと目を開こうとしても、体のだるさや痛みのせいで頭がしっかり覚醒しておらず目を開けるのが億劫となってしまって、薄く開いたままだ。
と、ふとそんな時。鼻を啜る音が上から降ってきた。
驚いて視線だけをそっと上へとやれば、自分を横抱きしている幸村が何故か静かに涙を流しているのが見えた。
ーー幸村くん…?なんで?
訳が分からぬまま、名前は押し黙ったままになってしまう。
何故自分は幸村に横抱きされているのか。幸村はどこを目指しているのか。何故幸村は泣いているのか。なにもかも、寝起きの頭には訳が分からなかった。
静かに涙を流す幸村が向かった先は、保健室だった。そこでやっと、自分が体育の授業で意識を飛ばした事を思い出した。
両手が塞がっているせいでドアが開けられない為、幸村はドアの向こう側にいるであろう教師に声を掛けた。すぐにドアを開かれ教師が顔を出した。