第8章 ドロップス
ならばやろう、と名前は無理矢理気持ちを奮い立たせ、C組の列へと並べば先に来ていた幸村が緩く笑いながら手を振ってきた。
その笑顔に、やっぱり心臓は勝手に跳ねてしまうものの、それに気づかないフリをして名前も手を振り返した。幸村と名前の間に和やかな空気が流れていたが、それもすぐに消えていく。
「名前!」
B組の列に並んでいた丸井が名前に気づいたのか、元気よく手を振ってきたからである。
「丸井くん!」
同じように手を振り返し、へらりと笑えば朋子と宮野に肘でうりうりと小突かれた。
それに対し笑いながら身をよじらせれば、丸井は丸井で仁王になにかからかわれている様子だった。丸井と名前の視線が絡んで、お互い笑って。
和やかな空気の中、幸村だけは上手く笑えずにいた。
それからすぐ、体育教師がきて今日の授業内容はドッチボールだと言った。男女別で別れそれぞれドッチボールをするのだとか。つまり、C組である幸村とB組である丸井の対決が見られる訳だ。
「どっちが勝つかなー」
「賭けでもする?」
「お金なーい」
「あはは私もー」
朋子と宮野のそんな会話を聞きながら、名前は男子がいる向こう側へと視線を投げていた。
準備運動をしながらなにやら楽しげに話している丸井と幸村、そして仁王。そんな三人から視線を外そうとして、不意に幸村と視線が絡んで、柔らかく、柔らかく笑った幸村。
ーー…っ。
どくん、と心臓が大きく跳ね上がってすぐに視線を外し、名前は強く頭を左右に振ったあと、準備運動へと専念するのであった。
ドッチボールが始まって少したった頃、名前は心の底から見学にしておけば良かったと思った。
ーーお腹、痛い。
先程飲んだ薬はまだ効果をあらわしていないのか、それとも飲んでから安静にしていないからなのか、名前の腹はまだ鈍く痛いままだった。
加えて腰も痛く、身動きひとつするだけでも鉛のような重い体は鈍くて使いものにならなかった。しかしドッチボールに白熱し始めている周りの子達に向かって、今更見学するとも言いづらく、なんとか気力で立っていた。
と、そんな時不意に目眩がした。貧血だろうか。