第8章 ドロップス
「…あのね、凄く…自分勝手な、我儘なお願いがあるの」
「…………」
幸村からの声は返ってこない。敢えて返事をしない、と言うよりはなんと返していいか分からない、といった様子だった。
それは、幸村がひっそりと息を呑んだ気配で感じ取った。
それでも構わない、と名前は言葉を続ける。
「私、私ね…幸村くんと、またちゃんと話がしたい」
「っ…」
「前みたいに…お花の話とか、テニスの話とか、絵の話しでもいい、他にも沢山話したい…話したことない事も話したい…あと、私の事、見てほしい…私の事、空気にしないでほしい…」
「っ…!空気なんて、俺思った事ない!名前はっ…名前は俺の……っ、なんでもない」
幸村の大きな声が教室内に響き渡って、その声にクラスメイト達は驚いたように彼へと視線を向けて。その事に気づいた幸村はバツが悪そうに頭をかいたあと、苦笑を漏らした。
そんな幸村につられるようにして苦笑を漏らした名前は、そっと右手を差し出した。
「私と…また、友達になってくれますか」
「…ふふ、宜しくお願いします」
肩を竦め、ほんの少し頬を赤らめた幸村は自分の手を名前の手へとそっと重ねた。
そんな二人を見て宮野は少し悲しげな表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべ、良かったね!、と八重歯を見せて笑って見せた。
うん、と照れくさくて笑う名前と幸村に、どん、と大きな衝撃が走った。驚いて小さく声を上げた幸村と名前の視界に、涙目の朋子が映りこんだ。
「…また、三人でお昼食べれる?」
朋子にしては珍しく、弱気な震えた声だった。
その言葉に、名前と幸村は顔を見合わせ困ったように眉を八の字に垂らすと、再度彼女へと視線をやり、声を揃えて
「勿論」
と言って笑って見せた。
それから、幸村と朋子と名前は以前のような関係に戻った。その仲のいい三人グループに、宮野もまじって四人で昼食をとっている。
幸村は名前の事を苗字と呼ぶようになった。
宮野は幸村の事を幸村くんと呼ぶようになった。
幸村は名前の苗字を呼ぶことで、友達としての線引きをしたのだ。それは宮野も同じらしい。