第7章 赤色ドロップ
正しくは、新しい考えを持つというより、気づかせてくれたと言った方がいいだろう。
しかし、そんな些細な事は名前にとってどうでも良かった。肝心なところは、誰に、どんな表情と声音で、どんなふうに彼女に伝えたかーーである。
相手の真剣さが名前に伝われば伝わるほど、言葉は重みを増して彼女の心にのしかかり、後に染み渡る。
言葉とはとても奇妙で、とても不思議で、とても不気味で、そしてとても魅力的なものだ。人を簡単に傷つけることが出来る、簡単に元気づける事も出来る。
ただの言葉に、声音と表情、そしてオーラを飾りつければそれは更に強力なものとなる。
「…早いな、もう寝ちゃったんだ」
ぼんやりとそんな事を考えていた名前は、ちらりと横を盗み見た。須野は既に夢の世界の住人となってしまったようで、可愛らしい寝息が名前の鼓膜を擽った。
それから名前はゆっくりと目を瞑った。そうすれば眠れると思ったのだが、考えが甘かったようだ。
目を瞑って少しすると、暗闇の中に幸村精市があらわれ、その幸村精市の隣に自分がいてーー二人はとても仲良さげに話している。なんて、都合のいい空想を浮かべてしまったのか、と名前は溜め息を吐いた。
その空想をかき消すように頭を左右に振って、先程よりも強く目を瞑ってみたが変わらず空想は浮かんだ。しかも今度二人は仲睦まじげに手と手を絡めていた。
「あああ!もう!!!」
腹立たしげに叫んでから、名前ははっと我に返ったように口元に手をやった。そろりそろりと須野へと視線をやってみたが、変わらず気持ちよさそうに寝息をたてていてほっと安堵した。
気づけば名前に絡んでいた彼女の腕は離れていて、ならば…と名前はベッドを抜け出した。そっとスマートフォンで時間を確認すれば驚くことに23時になろうとしていた。
先程時計を見た時は22時だったというのに、もうそんなに時間がたったのか、と名前は目を丸くさせつつもそっと部屋を出た。なんとなく、外の空気を吸いたかったのだ。
物音を極力たてないように部屋の外へと出て、廊下を歩けば不意に向かいのドアからカチャリ、と音がした。