第3章 白色ドロップ
他にも幸村の人間らしいところはたくさんある。
出来ることならそれを一語一句余さず文にして読み上げたいくらいだ、と名前は思った。
腹の底の黒いものに、重さを感じながら怠惰な動きで椅子から腰を上げ、ふと幸村の方へと視線をやれば彼も丁度腰を上げた。部活にでも行くのだろう。
幸村は教室後方にあるロッカーへと歩を進ませた。大きくてロッカーに入らず、でんとロッカーの上に乗せられているそれを掴むとそっと肩にかけーーそこでふと視線が絡んだ。
ばっちりあった視線にお互い多少目を丸くしたが、合わせたように苦笑を漏らすと幸村は傍らまでやってきた。
「驚いた。俺のことじっと見つめてどうしたんだい?」
からかうような口調で言われ、少し頬を熱くさせながらも、別に見てないよー、なんて舌を出せば幸村は少しだけ声を上げて笑って見せた。
「じゃあ、俺部活行くから」
「うん。行ってらっしゃい、頑張ってね」
「ありがとう」
緩く手を振る幸村に合わせて、名前も緩く手を振り教室を出ていく彼を見送る。
それと同時に、慌ただしく朋子が名前の元までやってくると口早に、今日は予定があって一緒に帰れない!ごめん!、と両手を合わせ、返事を聞かずバタバタと上履きの音を響かせながらそのまま教室をでていってしまった。
慌ただしいなぁ。なんてボヤキながらも、それが彼女らしくてくすくすと笑っていると、ねぇ、と声が掛けられた。
するりと耳に滑り込んできたその声は、こちらの様子を伺うような声音で少しだけピリついた空気を出してしまう。しかし、それでは良くないと慌てて首を振ったあと、そちらへと視線を向け笑みを浮かべた。上手く笑えているか心配だ。
モヤモヤ考え事ばかりしているのは性にあわない。いつものように笑い飛ばそう。名前は心の中で、いつぞや幸村に見せた豪快な笑いでモヤモヤを蹴散らした。
「なにかな?」
笑みを浮かべながらそう問えば、以外にも柔らかな声が出ていて、自分の事ながらやれば出来るじゃないか!と心で褒めたたえた。
ニコニコと屈託のない笑みを浮かべる名前を見て、同じように笑い返したのは教科書を見せてくれた左度のあの子だった。
ぴくり、と僅か名前の眉が震えたが、笑みは決して崩さなかった。