第7章 赤色ドロップ
それからほんの少しの時間が経った。おそらく五分ほどだろう。不意に柳生との会話が途切れた。絡んでいた視線が外され、柳生はそっと空を見上げた。
ーー丸井くんと真凛はもうログハウスへ着いたかな?
ゆったりと流れる川を眺め、呑気にそんなことを考えていた名前の耳に、これは不味いですね…、と柳生の深刻そうな声が滑り込んできた。
「どうしたの?」
川へとやっていた視線を柳生へと投げてそう問うてみた。
柳生の視線は相変わらず空へと向かっていて、深刻そうな表情をしている。首を傾げ柳生と同じように空を見上げれば、先程まで晴れ渡っていた空とは打って変わって、どんよりとした曇り空が広がっていた。
ふわふわの綿菓子に汚いなにかを染み込ませたような淀んだその分厚い雲に、名前の表情は自然と険しくなった。
名前は視線を空からそっと外し、再度柳生へと投げた。
「ねぇ、柳生くん。なんか雨降ってきそうだからーー」
ログハウスに戻ろう。そう言葉が続く筈だったのに、その言葉は空から降ってきた轟音により喉の奥へと引っ込んでしまった。
「苗字さんっ…!」
名前が悲鳴を上げるよりも先に、柳生の切羽詰まった声があがった。悲鳴を上げる一歩手前であった名前の体を自分の方へと引き寄せた柳生は、彼女の体を強く抱きしめた。
唸り声をあげる空から、自分の体で名前を隠すように強く抱きしめれば、また轟音が空から降ってきた。鼓膜がびりびりと痺れ痛いとさえ思うほどの音に、悲鳴すらあげることを忘れ名前は柳生の腕の中で震え上がった。
「っ…凄い音だ…」
柳生のそんな独り言も、怯えきっている名前の耳には届かなかった。
相変わらず空から唸り声が響いており、名前を脅かす中、大粒の雨が空から降り注いできた。まるでバケツをひっくり返したような雨が肌をうち、痛みを感じる程だ。
「何処か、雨を防げる所に…」
ただでさえ雨で視界が悪いと言うのに、眼鏡が濡れて更に視界が悪くなり、柳生は顔を顰めながら辺りを見渡せば、ふと大きな木が目に付いた。