第7章 赤色ドロップ
他愛もない話に花を咲かせていた時、ふと信号につかまり車は停止した。
丸井がイチオシスイーツ店の話をし、それを真剣にメモをとる須野がかわいらしくて笑っている時ーー不意に、窓の外から花が見えた。
否、正確には外を歩く老婆の手の内にあった花が、見えたのだ。
袋の中に詰められたパンジーの花を、シワのある手が大事そうに抱えている。老婆の表情はとても穏やかで、不意に幸村を思い出させた。
ーー花を好きな人は、皆ああやってあったかく笑うのかな?
こつん、と窓に頭を預けながらそんな事を思った。
パンジーの花は10~5月と、季節の幅が広い。だが、夏である今は咲かないはず。どうやって育てたのだろうか?それと購入したのだろうか?
そんな事を考えて、ふと、幸村と朋子と自分の三人で初めて昼食をとった日の事を思い出した。初めて訪れた屋上という箱庭で、幸村はプランターで生き生きと背伸びをしている花に水をやっていた。
その時、幸村は名前に問うたのだ。この中に知っている花はあるかい?と。咲き誇る花々をぐるりと見渡した名前。その中で唯一名前も姿もしっかり理解していたのがーーパンジーだった。
それを幸村に伝えると、彼は花言葉を教えてくれた。
ひとつは、もの思い。
そして、もうひとつはーー
「"私を思って"」
するりと口から零れた言葉。その小さな小さな呟きなんて、誰も聞こえていないと思っていた。しかし、不意に感じた手への違和感に名前は目を丸くさせた。
驚き目を丸くさせたまま視線を下げれば、隣に座る丸井の手が、名前の手に触れていた。流れるように視線を丸井へとやれば、前を向いていた彼の視線がこちらへと向いてきた。
余裕あり気ないつもの表情とは違い、真剣な色の瞳に、名前の喉はこくりと勝手に上下した。
「俺は、お前のことずっと思ってるから」
「……丸井くん」
真剣な瞳と重なるように、真剣な声音がそう言ってきた。
その言葉が、嬉しかった。
その瞳が、嬉しかった。
その声音が、嬉しかった。
丸井から送られたのは言葉だけの筈なのに、名前にはそれ以外にも沢山のものが送られてきた。丸井ブン太の沢山の愛が、心の中に詰め込まれていくようで、擽ったくて、そして、心地よかった。