第7章 赤色ドロップ
名前の"お願い"という言葉を聞き、須野は姿勢を正し口を一直線に結んだ。彼女がこくりと生唾を飲んだ音が耳に届いた頃、名前はゆっくりと口を開いた。
「さん付けしないで、私の事呼んでほしいの」
「…、それは、つまり、名前…と、お呼びしてもいいんですの?」
「勿論。へへ、これで親友だ」
「っ…!し、親友…ですの?」
「うん、親友…っわ!?」
言葉の途中で、須野が抱きついてきた。震え、涙声になみながら耳元で嬉しいと何度も呟く彼女からは感極まった様子が伝わってくる。
ーー朋子といい、真凛といい…いい友達が出来たな…。
抱きついたまま泣きじゃくる須野の背中を優しく撫で擦りながら、名前はひっそりとそんな事を思った。
もし、二人が自分と同じように何か悩んできた時はーー同じように元気づけたり話を聞いたりしたいな、とも名前は同時に思った。
それから時間はたち、お昼を少し過ぎた頃。丸井と柳生が待っているであろう待ち合わせ場所に須野と共に向かえば、何故かそこに幸村精市がいた。
丸井、柳生の二人となにかを話している彼の横顔を見て、心臓が痛いくらい跳ね上がった。丸井が名前に気づき、視線を寄越したほんの少しの後、幸村の視線が名前に流れた。
心臓が、先程よりも大きく跳ね上がった。しかし、絡んだ視線はすぐに外された。心臓が、握り潰されたように痛くなった。
「じゃあ、そういう訳だから、宜しくね丸井、柳生」
「ん、了解。またな、幸村くん」
「お気をつけてお帰りください」
二人と話し終えた幸村は丸井と柳生の言葉を背中に受けながらその場を去っていった。
一度視線が絡んで、それが外されてから再度二人の視線が絡む事は無かった。それで良い。それで良かったんだ。そう自分自身に言い聞かせながらも、心はやっぱり正直で。
名前の心臓は握り潰されるかのように痛かった。
痛くて、痛くて。苦しくて、苦しくて。
いつだったか彼に潰され、液体となってしまっていた何かが、冷えて冷たくて苦しくて痛くて悲しくて虚しくてでもそれは自分が決めた自業自得で。
名前はゆっくりと瞬きをした。涙は出ていなかった。