第7章 赤色ドロップ
「名前さん。悩み事を話せとは言いませんの。これは私の我儘だと思いますが…ただ…少しでも、ほんの少しでも、私の事を頼ってほしいんですの」
自身の胸に手を当て、必死に言葉を紡いだ須野。少しだけ声が震えていて、心無しか目が潤んでいるように見えた。
震えている身を縮こまらせ、テーブルに視線を落とした彼女に、名前は頭から水を被ったような感覚に陥った。ずっと熱にうかされていたような感覚が、少しだけ晴れた気がした。
確かに、須野の言う通りだった。
名前は幸村精市という男と出会ってから、頭を悩ませる事が多かった。考え事も悩み事も大嫌いな名前。脳裏にこびり付く彼を引き剥がそうと、今までやってきた"悩みを笑い飛ばす"という行為もまるで意味をなさなかった。
幸村と出会って頭を悩ますことが多くなってから、名前の口から飛んでいくのは無理矢理吐き出した作り物の笑い声だけだった。
幾ら笑い飛ばしても、考えないようにしても、幸村精市は必ず脳裏または心の端っこに必ず居座っていて、ふとした時に彼の事を考える事が多かった。
しかしそれではだめだと、彼氏である丸井ブン太を思い浮かべては幸村精市と重ね合わせ、それでまた溜め息を吐いていた。そんな名前を、知り合ってからまだ日の浅い須野真凛は気づいていたのだ。
「真凛」
名前はそっと須野の名前を呼んだ。ちゃん付けはなしで、彼女の名前のみを丁寧に、呼んだ。
その事に驚いたのか、テーブルに落としていた視線が弾かれたように名前の元へと向いた。
まるで宝石のような綺麗な彼女の瞳に、緩く微笑んでいる自分が映って少しだけ困った顔をしたがそれをすぐに消し、そっと須野のか細い手を取った。僅かに震えている。
「ありがとう、心配してくれて。本当に嬉しい」
「名前さん…そ、そんな、私は友達として当然の事を、」
「ねぇ、真凛。私からお願いがあるんだけど良いかな?」
須野の言葉を遮って、名前はゆっくりとした口調でそう言葉を紡いだ。視線は彼女の宝石のような瞳に向けたままだ。