第7章 赤色ドロップ
「ゆ、幸村く…」
放課後のこの時間、まさか幸村が教室へとやってくるなんて思いもしなかった名前は、目を見開きしばらく硬直してしまった。
幸村も幸村で、名前が居るとは思っても居なかったのか、僅かに目を見開いた後バツが悪そうな表情をそっと零した。
気まずい空気が流れ、どうしたものかと一瞬考えた名前であったが、ふと、幸村の頬が赤く腫れている事に気が付き眉を寄せた。
ーー誰かに、叩かれた?…もしかして、
そこまで考えて、考えることを放棄した。
ドアを開け放ったまま、中へと入っこない幸村へと一歩足を進め近づくと、彼は大きく肩を揺らし驚きの表情を浮かべたが、すぐに笑みの形へと変えそれを名前に向けてきた。
しかし、その笑みは名前が好きな笑みではなく、やはり疲れが混じっていた。その笑みをさせてしまっているのは、自分。そう頭が理解した瞬間、名前はまた一歩幸村の元へと足を踏み出した。ほぼ無意識だった。
後ろ手でドアを閉めた幸村は、また一歩近づいてきた名前の視線が自分の頬に向かっている事に気が付き今度は困ったような笑みを浮かべて見せた。
「…幸村くん、その頬…どうしたの?」
わざとらしく聞いてみた。薄々宮野がやったのだろうと気づいてはいるが、幸村の口からきちんと詳細を聞きたかった。でないと、自分は守られてばかりの弱いやつになってしまう。だからこそ、名前は回りくどい聞き方をした。
その守られると言う行為に、幸村からの愛を感じーー同時に、自分の鈍感さと無力さに苛立ってしまうから。
真っ直ぐに目を見つめ、自身の言葉を待つ名前に幸村は戸惑いの表情を浮かべ視線をさ迷わせたあと、足元へとその視線を固定しそっと口を開いた。
「ちょっと、部活でね…あはは、俺かっこ悪いね」
「嘘。だよね、幸村くん?」
「っ…どうしてそう言えるんだい?」
「…ごめんね、私…朋子から聞いたの。……幸村くんが私にしてくれた事」
そう、ゆっくりと言葉を紡げば、幸村は大きく目を見開き深い溜め息を吐いた。口を酸っぱくして言うなと口止めでもしておいたのだろう、幸村の表情は焦りのようなものが見られた。