第7章 赤色ドロップ
「だから、お願い。こんなの、幸村とか関係なく…私の我儘なお願いなんだけど……もう一度、幸村と、恋をしてほしいの」
朋子がそう言葉を放った瞬間ーーざぁ、と、初夏の風が大きく吹き抜けた。
暖かく気持ちがいい春の風とは違い、初夏の風は生暖かく決して気持ちがいいものではなかったが不思議と名前の脳を痺れさせ、大きな刺激を送ってきた。
それはまるで、新しいなにかが、体の中に滑り込むようにして侵入してきたような…そんな不思議な感覚だった。
"もう一度、幸村と恋をしてほしい"
そう泣いて懇願してきた親友に、名前はどう言葉を掛けていいか分からなかった。
名前自身、幸村の事を未だに引きずっている。しかし、だからと言ってその言葉に素直に頷けるほど、名前の心は掻き乱されてはいなかった。
それは、紛れもなく丸井ブン太という存在が、名前の脳裏にいたからであろう。名前の中で、既に丸井はれっきとした彼氏という存在になっていた。
丸井は初めて楽しませよう会を開いたあの日から、優しく接していたし、楽しませたし、沢山の愛情を名前に与えていた。ただ好き、愛してると言葉にあらわすだけではなく、丸井はきちんと行動にもそれをあらわしていた。
マメに連絡をしてくるし、帰りは一緒に帰って他愛もない話をして、たまに寄り道してスイーツバイキングなどに行ったり。たったそれだけ。されど、そのそれだけの事なのに、丸井から"愛されてるな"と名前は何度も感じていた。
だからこそ、名前は"もう一度幸村と恋をしてほしい"という朋子の言葉に頷けずにいた。何度も励まし、そばに居て、愛をくれた丸井を捨てるなんてこと、名前にはとても出来なかった。
しかし目の前で泣きじゃくる親友に、無理、なんて言葉を吐ける訳もなくて。名前は彼女の背中を撫でさすりながら、視線を泳がせたあと、一言小さく、ごめん…と呟いた。